日本の伝統文化のひとつである「剣道」。東ヨーロッパのセルビアで剣道を教えている三好俊成(みよしとしなり)さん。JICA海外協力隊の剣道隊員として2024年4月にセルビア共和国の首都ベオグラードに派遣され、剣道の普及と強化の両面で活躍している。派遣されてから1年が過ぎ、セルビアナショナルチームでも指導を行っている三好さんにお話を聞いた。
セルビアでの日常
JICA海外協力隊員としての三好さんの活動時間は夜だ。朝は7時~8時に起床して、夕方までは空き時間。生徒への指導は仕事や学校が終わった後となり、18時頃から稽古が始まり21時頃まで続く。平日は毎日1~2か所の道場へ通い、日ごとに場所を変えて巡回。週末は昼頃から3カ所ほど指導に回る。そんな訳で週7日、毎日どこかで稽古をする。三好さんも稽古に参加して技術を披露して指導するときもあれば、防具をつけずに全体をみながら指導することもある。稽古の後は道場の指導者たちと振り返りを兼ねて飲みに向かう。

セルビアには現在15の剣道チームがあり、1つの道場で10~20名が練習している。レベル分けをする程の生徒数は集まらず、バラバラのレベルの生徒たちが皆一緒に練習するのがセルビアの剣道の面白いところだ。2018年、韓国で行われた世界選手権でセルビアは男女ともにトップ8に入賞した。そんなトップレベルの選手も他の生徒たちと一緒に練習するが、セルビア人は強い選手を間近に見てプレッシャーに感じるどころか、自分も出来る!ととても前向きなのだそうだ。
日本人とセルビア人は、体のつくり方がかなり違う。セルビアの人の身長は世界でもかなり高い方に入る。そのため、重心の取り方など、日本のやり方がそのまま適応できるわけではないので工夫して指導している。
三好さんは依頼を受けて隣国のモンテネグロなどに出張して剣道の紹介や実演をする機会もある。日本だと海外出張?!と驚くかもしれないが、セルビアの近隣国への移動は、日本の他県に行くぐらいの移動距離で済むことも多く、他国との距離感が近いのだという。

剣道の練習や試合に必要な防具は、日本から寄贈されることもあるが、セルビア人は体格が大きくサイズが合わないことによる危険性もある。竹刀は消耗品で、1本あたりの購入費用が5~6000円かかる。さらに輸送費と関税が必要で、たった1回の稽古で壊れることもある為、その費用が出せる人たちでないと、練習を続けていくのは難しいという現実もある。最近では、イギリスに剣道の道具を販売する会社があるので、イギリスから購入する人が多いという。
セルビアでは、スポーツで良い成績をとれば、次の進路が保障されるというわけではない。また剣道はマイナーなスポーツで、「剣道=お金を稼げるようになる」ことはないため、剣道教室に通うセルビア人は純粋に好きで続けている人が多い。そして、就職に繋がる進路ではない中で剣道を続けていく人は、勝ち負けが全てでなく、学びを私生活に活かし規律を持とうと考えるセルビア人に合っているのではないかと三好さんは感じている。
セルビア人が剣道と出会うまで
セルビアは親日国である。セルビアの高校では自分で選択した第2言語を学ぶが、英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語を選ぶ人が多い。しかし少数ながら第2言語で日本語を選ぶ人、更に第3言語として日本語を選ぶ人もいる。日本語を学ぶ動機としてはアニメの影響も大きい。また、日本のイメージは良く、インフラが整っていること、交通事故などで道路が一時的に使えなくなってもすぐに復旧し再開通するスピード感は驚きとともに好印象として受け止められているそうだ。
セルビアでは剣道に限らず武道を学ぶ人は一定数いて、柔道、空手、合気道なども行われている。セルビアを含むバルカン地域は歴史的に「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれており、最近ようやく落ち着いた地域でもある。50代以上の世代は戦争経験者・従軍経験者が多いため、国防への意識が強いことも武道を学ぶ意識づけに繋がっていると三好さんは語る。一方で、物珍しさでやってみたい、見てみたい人もいて、日本人である三好さんが大きな防具袋を持って歩いていると興味を持ってくれる。とはいえ実際にやってみると、競技は裸足で行うし、稽古はきついので、やめていく人ももちろんいる。

剣道をはじめたきっかけ
三好さんが剣道をはじめたきっかけは何だろうか。三好さんは2人兄弟で、お兄さんは何でもできた一方で、三好さんは幼少期に試した、野球、テニス、バスケ、バドミントン、水泳…どれも合わないと感じていた。そんな時、アニメで人気だった「ワンピース」のメインキャラクターのゾロという刀を使うキャラクターに出会う。「これ、かっこいい!ほしい!」と父親に伝えると、なんと剣道場に連れて行ってくれた。三好さんが5歳の時だった。練習を続けていく中で剣道は、他のスポーツと違って自分に「合った」のかというと、最初は決してそういう訳ではなかった。では、なぜここまで続けてこられたのだろうか。今でこそ、剣道の防具は大量に生産できるものもあるが、当時は職人が手作りをしていた。練習に必要な防具一式を揃えるのにはかなり手間もかかり、他の習い事と違って剣道をやめるという選択肢をとることはなかったのだそうだ。
小学校までは地元の道場で、中学校からは奈良県で、高校は三重県に移り、大学は鹿児島の大学へ進学し、環境や場所を変えながら剣道中心の生活を続けてきた。大学時代は部の運営統括、マネージャーに近い主務と呼ばれる役割をしながら選手生活をしていた。その後、社会人になり実業団でプレーしながら空いた時間に小中学生指導をしたり、仲間内で剣道教室を開いたりして指導していた。
開発途上国との出会い、JICA海外協力隊へ
開発途上国との出会いは、大学卒業旅行でフィリピンに行ったこと。現地で実際に熱気を感じて、日本のバブルの時期ってこんな感じだったのかなと想像した。この時点では海外展開のない会社への就職が決まっていて国内で剣道を続けており、JICA海外協力隊にも興味がなかった。協力隊に参加しようと思うようになったのは、新型コロナウイルスの影響で剣道をする時間が限られたことがきっかけだった。それまでは、仕事に行って、剣道して、帰宅するという生活サイクルを送っていたが、感染対策として剣道が思うようにできなくなってしまった。そこで、空いた時間を使って英語の勉強をするようになり、次第に自分の強みと語学を活かして海外で活動することを考えるようになり、JICA海外協力隊への応募、セルビアへの派遣とつながった。
実力を示し、信頼を得る
三好さんは、協力隊での配属先であるセルビア剣道連盟と最初、やや考え方の行き違いがあったという。協力隊はいわゆるボランティアなので、配属先での立場、影響力も弱かったのだ。赴任して5か月が経ったころ、活動先のすすめもありセルビアオープンという大会に選手として出場する機会があり、そこでなんと個人優勝することができた。日頃はセルビア剣道の指導者としての立場だが、この日だけは選手として参加した。自分自身が結果を見せることで、配属先である剣道連盟や、若い選手、先生たちの態度が変わってきて、真剣に指導を聞いてくれるようになった。東ヨーロッパの剣道に関わっている日本人の方からも、「セルビアの人はプライドがあるので、日本の先生が来ただけでは従わない。実力を示すことが大切」と助言を受け、実際にその通りだと思った。
JICA海外協力隊の活動地は、生活基盤が十分に整わないいわゆる開発途上国も多いが、セルビアは基本的な生活基盤がかなり整っている。その分、活動に集中できる環境であり、たとえボランティアだとしても現地から高い専門性が求められていると感じている。

週休0日!?の日々での体調管理や気分転換方法
三好さんには完全に活動がない日がない。そのため、「疲れが溜まり活動が難しい日は行けない」ことをあらかじめ伝えている。気分転換は、練習後に道場の人たちと飲みに行きコミュニケーションをとること。また、ひとりの時間を作るためにカフェに行くこともある。剣道の稽古は体育館を予約して借りているが、予約時間のすぐ後に他の団体の予約が入っていて、非常に限られた時間の中で稽古を行うので、雑談や講評のための余分な時間を取ることが難しい。そのため、場所を移して食事などしながら、剣道の稽古の講評も交えて道場の指導者とのコミュニケーションの時間にあてている。お酒の種類はピーゴ(ビール)、またセルビアはワインが美味しく、ラキア(セルビアのフルーツから作るウィスキーで40%位の度数がある)、ビニャックと呼ばれるコニャックに似た飲み物も好まれている。セルビア式のお酒の場は、無理やり行こうという感じでなく、行くのも帰るのも自由な雰囲気で、お酒が飲めないとしても、「一緒に居て、話をしてくれてありがとう」と言ってもらえるので、良い気分転換になるという。
世代間の実力差とその背景
セルビアの剣道では、現在、強い選手は30代半ば~40代位の選手が中心である。この世代は、小学生の頃に戦中・戦後を過ごしていた。そのため、メンタルの強さが今の20代と全く異なるという。中にはヨーロッパでもベスト8になるほど強い人がいる一方で、20代前後の世代になると一気に弱くなってしまう。
セルビアの選手で30代半ば以上と10代~20代の世代の差は日本で想像する以上の差がある。今の強い世代が指導者として基礎の部分はしっかり教えることができている。しかし、戦争中に技術的な部分を充分学ぶことができなかったという事情もあり、三好さんがセルビア人指導者の伝えきれない技術面を主にサポートして補完し合っている。これからのセルビアでは、今の20代前後の世代を今後どう育てていけるかがポイントになってくると思う、と三好さんは語る。
「この1年関わってみて、よく話を聞いて、実践して、失敗している選手は成長してきています。若い世代も私の伝えていることを理解しようと努力してくれます。セルビア人は普段はセルビア語を話しているため、英語だと細かいニュアンスが伝わらないこともある中で、英語で角度や表現を変えて質問したりして、試行錯誤してつかもうとしてくれる選手は伸びていると思います。現在、西ヨーロッパの方が剣道の競技レベルが高いのですが、セルビアの20代の選手も今後5年、8年と今の練習を続けていけば、ヨーロッパの中での順位もあがっていくのではないかと考えています。」
旧社会主義国ということもあるからか、セルビアでは「圧倒的に強い人」を作りたがらない雰囲気も感じている。そのためカリスマ性があり、全体を引っ張っていける選手が今後出てきてくれるといい。三好さんひとりで全ての人にひとりひとり教えていくことは時間的にも難しく、次の世代のリーダー候補となれそうな人に対して直接稽古を行い、その人が一般の人に含め伝えていく役割をしてもらっている。
長期的な展望と、三好さんの夢
JICA海外協力隊活動は2年間と限りがある。三好さんは、セルビア剣道連盟に求められれば、この先形を変えながらも10年20年と長期的に関わっていきたいと考えている。例えば2027年に日本で開催される世界剣道選手権に向けた若い世代の発掘と競技力向上に取り組んでいきたい。また2028年にセルビアでヨーロッパ選手権が予定されており、そこで1つでも金メダルを取らせたい。三好さんの夢は、世界中どこでも出張して行き、剣道の防具を持っていくから一緒に稽古しよう!と言い合える仲間が増えること。世界中にそんな繋がりを作り続けながら生きていきたい。そんなことを考えながら、三好さんは今日も稽古場に向かっている。

-1.jpg)
