パーソナルスタイリストとして活躍する安井百合子さん。
幼少期、容姿について言われるなか、その「後天的に与えられたコンプレックス」を乗り越えられたのは、彼女が別世界を持っていたから。
SNS総フォロワー15万人「ノースリーブは飼い慣らす」などの名言を放ち、彼女の発信はファッションコンサルの域を超えて人々の心に届く。
彼女がいう「隠さずに魅せる」の言葉には、窮屈な固定観念を脱ぎ捨て、心を解放するというメッセージが込められている。
だからフォロワーは自分もそうありたいと熱狂するのだ。
深い洞察。みずみずしいまでの感性。
こんなにたくさんの人を魅了させる安井百合子さんが、どんな人生を歩んできたのか、そのルーツに迫ってみた。
幼少期の自己表現と「広い世界を知っている」という優越感

ふたりの姉とひとりの弟に囲まれて育った百合子さん。
絵が好きで、ファッションも大好き。
そのセンスは3歳から開花。
「このパンツ、クマの刺繍がなければクールなのに」と、母親の裁縫箱からリッパーを取り出して自分で刺繍をほどいたこともあるそう。
両親の愛情たっぷりに育ったこともあり、基本的に自己肯定感は高かった。
しかし、成長するにつれ、周囲から鼻の穴の形をからかわれたり、頭の大きさを指摘されるようになり、他者との違いを認識するようになった。
しかし、その「からかい」を雑音としてスルーできたのは、彼女に“別世界”があったから。
「学校では容姿について言う男子がいましたが、わたしはあまり気に留めませんでした。なぜなら、場所が違えば扱われ方が全然違うと知っていたから。当時千葉に住んでいたんですけど、お小遣いをもらっては原宿に繰り出していて(笑)街ではよく男性に声をかけられていたんです。学校の小さな世界ではからかわれることも、街に出ればそんなこと言う人はひとりもいない。それどころか、モテる。その経験があったから自信を持てましたし、自分が満ち足りていると魅力的に映るのだとも知りました」

「この服を着るために痩せなければ」そんな呪縛で過酷なダイエットを
百合子さんが高校生の頃、体のラインを強調させる、ミニサイズの服が一世を風靡した。ギャルブランドの台頭だ。
「当時は今よりずっとスリムで均整のとれた体型でした。でも、あの服が入らない自分はダメだと自分を責め、食べ過ぎたら当然のように吐いて食べたことを帳消しにしようとしていました」

若者が着るイケてる服が入らないことが、百合子さんを苦しめたのだ。
「今、ファッションコンサルという仕事をしていますが、“あの頃の私が会いたかった大人になりたい”という思いがあります。体型で美醜を語るなんて間違っているという価値観を大人がもっていないと、後に続く若い世代が、標準体重じゃないと美しくないというしがらみに陥ってしまう。それは避けたいんです。どんな体型でも美しいんだよと背中で伝えていきたいんです」
価値観を覆したアメリカ留学
高校3年生のときにアメリカへ留学。
大きめヒップもその曲線を褒めてもらえる。
小さいサイズに固執していた日本での暮らしから、価値観は大きく変わった。
「アメリカでは外見的な特徴を言う人はいないんですよ。それよりも笑顔がチャーミングとか内面的な価値を褒める傾向があって、他人とは違う際立った個性(アウトスタンディング)は高く評価されるんです」
当時ボヘミアン・エスニックなファッションをしていた百合子さんは、
卒業アルバムで「アウトスタンディング賞」に選ばれた。
また、アメリカでの恋愛経験は、他者に媚びることなく、自分自身を大切にすることの重要性を学んだ。
「自分を偽らず、大切にすることで得られる真の好意」があると知ったのだ。この経験は、後の人生において「まず自分が自分を好きでいること」の重要性を認識する礎となった。
「どう見せるか、どう届けるか」ビジネス成功の鍵を知る
帰国後就いた仕事はショーオーガナイザー。
ビッグサイトなどの大きな会場を借り切って、商社とデザイナーをマッチングする場を提供するビジネスだ。
「ここでは今のビジネスの基盤となることをたくさん学びました。商品ってある程度似たり寄ったりなのにもかかわらず、閑古鳥が鳴くブースと人だかりができるブースに分かれる現象に気づいたんです」
その違いは、ブースに「受け取るもの」があるかどうかであった。
物理的なもの(試供品)、コミュニケーション(挨拶)、視覚的な魅力(VMD)、そして作り手のメッセージや情熱である。
美しい製品を持っているだけでは不十分で、それを「どう見せるか」「どうメッセージを届けるか」が成功の鍵を握ると知ったのだ。
エキサイティングな仕事だったが、結婚を機に退職。
仕事は刺激的だったけれど、結婚を機に退職。
「3人の子どもに恵まれたことは幸せでしたが、子育ては本当に大変でした。自分を構うこともできず体型も戻らなくなってきて、着るものは覆うだけという有様。夫との会話もなくなって…。このときは本当に自分を見失いかけていました。私の場合、自信喪失の原因は夫婦関係にあるとわかっていたので、泣きながら夫と向き合いましたね」
そして、夫婦に改善の光が見え始めたころ、百合子さんは思った。
”もう一度、おしゃれを思いだそう”。
YouTubeで久しぶりにプラスサイズのモデル「アシュリー・グラハム」のTEDスピーチを聞いた。
すると「なんて美しいんだろう」と感動した。
特に「鏡の中のその人を愛せないなら、あなたは決して成功することはない」「美はサイズを超える」という言葉が心に響いた。
アシュリー・グラハムの美しさとエネルギーに触れ、サイズごときで美しさが失われることはないと気づかされたのだ。
ファッションコンサル安井百合子誕生。
そこからは起業に向けて、学びに投資する。
「安井さんは自分をブランド化してパーソナルスタイリストになるのがいい」というアドバイスを受け、パーソナルスタイリストの職をリサーチ。メンターは、ファッション哲学に共鳴する人を選んだ。
百合子さんのファッションコンサルは市場の優位性や「こうあるべき」という思い込みを捨て、自分自身の本当の魅力を知ることから始まる。そして、自分の世界観や魅力を言葉にし、ファッションに投影する。
ファッション×言葉×世界観。それは子どもの頃から好きだったファッションとアシュリー・グラハムのメッセージが融合するところ。そこに、百合子さんは立ったのだ。

メッセージは、“唯一無二の言葉”で紡がれる。
彼女のSNSに並ぶのは、ファッションテクニックではなく、心に触れるマインドの言葉たちだ。
視点の鋭さと、包み込むような表現が、多くの人を惹きつけている。
では、なぜその言葉に、これほどの力があるのか。
それは、単なる「コンプレックス克服のストーリー」ではない。
彼女の発信の核にあるのは、ものごとを広く、深く受け止める“解釈の豊かさ”だ。
そして、その解釈力を育んだのは、幼い頃にからかわれた容姿を肯定できる「別世界」があったこと。
さらに、価値観を揺さぶられた高校時代の海外経験が、彼女の中に“多様な視点で物事を見つめるまなざし”を根づかせたのだろう。
多様性にイノベーションを。百合子さんが語るこれからの夢。
そしていま、彼女は次の夢を掲げている。
「多様性ってよく言うじゃないですか。LGBTQ以前に、男性も女性も体型という軸でもっと多様性を受容してもいいと思っています。特に、日本で標準とされる9号サイズの基準は昭和の時代から更新されておらず、現代の日本人の体格(骨格が大きくなったり、足のサイズが大きくなったりしている)に合っていないんです」
アパレル業界が多様なサイズ展開に消極的なのは、需要が安定せず、新しい型紙を作るコストや手間がかかるからだ。
そのため、Mサイズを大量に作る方が、XLやLなど複数サイズを展開するよりも効率がいい。
「こうした課題にイノベーションを起こしていきたいんです。それには私一人では無理。市場が盛り上がることが不可欠です。私のような立場で発信する人が増えることでプラスサイズにスポットが当たり、ボトムアップでの変化を作っていきたいんです」

最後に百合子さんに聞いてみた。
「プラスサイズで良かったと思いますか?」
「そうですね。私だから言えることがあると思う。“ノースリーブは飼い慣らせ”なんて細い人が言っても響かないでしょうから」と笑った。
百合子さんは質問ボックスに寄せられたものの中から届けたいメッセージに変換できるものを選び、慎重に言葉を選んで発信している。
そんな彼女の言葉には、こんなメッセージが隠れているように思う。
「まずはあなたが、あなたを好きでいること。人は満ち足りていると、魅力的に見られるのよ」と。


