17歳の@surepbealさんは野球部に所属し、練習に打ち込む日々を送っていました。
しかし、ボールを投げるたびに激痛が走るようになり、やがて腕が上がらないほどに。病院で告げられたのは、想像もしていなかった病名でした。
「なんで自分が」と、当時は大きなショックを受けたといいます。
野球は続けられなくなりましたが、その経験を通して新たに感じたこともありました。今回は、現在の様子について話を聞きました。
骨肉腫との診断に「もう野球ができない」と絶望的に…
@surepbealさんは野球の練習に打ち込む日々を送っていましたが、2025年7月ごろからボールを投げるたびに激痛が走り、肩の可動域が狭くなっていることに気づきます。痛みを我慢しながら練習を続け、痛み止めを飲むこともありました。
しかし、やがて痛みは限界に達し、夜も眠れない日が続くように。当初は怪我だと思っていたものの、悪化が続くことに違和感を覚え、整形外科を受診。検査の結果、腫瘍が確認されました。
その後、国立がん研究センターで「骨肉腫」と診断されました。

@surepbealさんは、骨肉腫と聞いたとき「なんで自分が」という気持ちでいっぱいに…。
治療期間は9ヶ月から1年ほどと告げられ、野球を続けられないことや抗がん剤治療が必要であることなど、厳しい現実に直面しました。つらさや悔しさに加え、今後の治療や将来への不安を抱える日々が続きます。
@surepbealさんは野球部の仲間に涙ながらに病気のことを伝え、野球人生に区切りをつけました。この頃は、悔しさから眠れない夜が続いていたといいます。
12時間の大手術と過酷な術後
そして2025年12月、12時間に及ぶ腫瘍摘出の大手術が行われました。
@surepbealさんは手術後、麻酔から目覚めた直後に全身の痛みと強い吐き気に襲われました。このつらさは約1週間続き、これまでで最も大変な経験だったといいます。しかし、この術後の1週間を乗り越えたことが、その後の抗がん剤治療に向き合うきっかけとなりました。
精神的につらかったのは、修学旅行に行けなかったことや、長い時間を病院で過ごすなかで、自分だけが周囲から取り残されているように感じたことでした。

野球にすべてを注いできた@surepbealさんにとって、プレーできなくなった現実は大きな喪失でした。しかし、ある思いをきっかけに、前向きに闘病生活と向き合うようになります。
それは、病気になったことで「何より生きていることが奇跡であり、命のありがたみや多くの人の支えがあるからこそ今の自分がある」と感じたからでした。そこで、支えてくれる人たちのためにも、病気を乗り越えて、支えてくれた人たちに恩返ししたいという思いが強くなりす。

大切な人の存在がくれた希望
2026年3月現在、予定されている治療工程はあと2ヶ月ほどで一つの区切りを迎えます。つらいことがたくさんあった17歳でしたが、得られることも多くあり「何気ない日常が当たり前ではない」と実感することもできました。
また、現在交際している彼女さんの存在も、長い闘病生活の大きな支えとなっています。一時退院のたびに一緒に過ごしてくれたのだそうです。
骨肉腫と診断され、野球ができなくなったことで絶望を感じていた@surepbealさんにとって、彼女さんは希望のような存在でした。
「どんなときでも寄り添ってくれて、つらかった日々を支えてくれた大切な存在です」と語っています。

同じ境遇の人へ届けたい思い
@surepbealさんは、SNSで病気について発信しています。きっかけは「骨肉腫と診断されて不安な時期を過ごしてる人たちが勇気や希望を持ってくれたら…」という思いからでした。

同じような症状で悩んでいる人に対して「最初は、まさか自分ががんだなんて思いもしませんでしたが、病気は誰にでも起こり得るものだと感じました。軽く考えず、違和感が続く場合は早めに専門医に相談するなど、自分の体と向き合う大切さを考えてほしいです」とメッセージを送っています。
また、現在闘病している人に向けては「今はつらいかもしれませんが、支えてくれる人がいることを忘れず、自分を信じていれば、少しずつ先が見えてくるはずです」と語ります。
今後について、@surepbealさんは「これまで支えてくれた人たちに対して、今度は自分が支える立場となり、感謝を伝えられる存在になりたいです。そして、どんなときもそばで信じ続けてくれた両親に恩返ししていきたいです」と話していました。
これまで打ち込んでいたことが、ある日急にできなくなったら絶望的な気持ちになると考えられます。大きな手術やつらい術後を乗り越え、今後は支えてくれた人に恩返しをしたいと、前向きに闘病生活を送るまでになった@surepbealさんの姿は、私たちの日常生活について考えてみる何かのきっかけとなりそうです。

