妊娠26週、体重増加が確認できず…医師「生まれても生きられない」奇跡を信じた母の思いに迫る

妊娠26週、体重増加が確認できず…医師「生まれても生きられない」奇跡を信じた母の思いに迫る
「胎児多発性嚢胞腎」と(@ymr_ymr_354さんより提供)

妊娠26週目のとき、@ymr_ymr_354さんに医師から告げられたのは「生まれても生きられない」という言葉でした。現実を突きつけられ、思い悩む日々を送っていましたが、その1ヶ月後にある変化が起こります。

奇跡を信じ続けた当時の思いを@ymr_ymr_354さんに聞きました。

妊娠26週で告げられた診断

@ymr_ymr_354さんは順調に妊娠生活を送っていましたが、妊娠26週目の健診で羊水の減少や赤ちゃんの膀胱が確認できないこと、体重が増えていないことを指摘され、大学病院に入院して検査を受けました。

その結果、腎臓に多数の嚢胞(のうほう)ができ、腎機能が低下する「胎児多発性嚢胞腎」と診断されました。

「胎児多発性嚢胞腎」と(@ymr_ymr_354さんより提供)

赤ちゃんは腎臓が十分に機能していないため尿を作ることができず、その影響で羊水が減少。羊水は肺の発達にも関わることから、出生後の呼吸が難しい可能性があると説明されました。

生まれても難しいと…(@ymr_ymr_354さんより提供)

また、胎内で命に危険が及ぶ可能性があることや、出産時期や方法の見通しが立たないことも伝えられたそう。さらに、羊水過少の影響で肺の発達が不十分となり、呼吸が困難になる「ポッター症候群」の可能性もあると告げられました。

現実を突きつけられ(@ymr_ymr_354さんより提供)

厳しい現実を告げられるなか、支えになったのはお母さんや叔母さんの存在でした。
@ymr_ymr_354さんは「同じように、いや、もしかしたら私以上に悲しんでいたかもしれません」と振り返ります。

当時の詳細はあまり覚えていないといいますが、12年経った今も心に残っている言葉があります。
それはお父さんからの「変えられない運命なら、現実を見つめて強くなろう。何があっても一緒に乗り越えよう」という言葉でした。

その言葉が「運命には抗えない。だからこそ乗り越えるしかない」という覚悟につながったといいます。

健診のたびに増えていく羊水

現実を告げられてから1ヶ月後、羊水がわずかに増えていることがわかりました。その後も健診のたびに数値は改善していきます。

可能性は0%から10~20%に上がったと説明されましたが、依然として厳しい状況であることに変わりはなく、期待と不安が入り混じっていたと明かします。

それでも出産予定日の1ヶ月前には「このまま無事に生まれてくれるかもしれない」と思えるようになりました。医師からは「生まれてみないとわからない」と伝えられていましたが、この頃には@ymr_ymr_354さんも家族も前向きな気持ちで出産を待っていたそうです。

奇跡かもしれない(@ymr_ymr_354さんより提供)

その後、普通分娩で無事に女の子が誕生。立ち会ったお母さんと叔母さんが「泣かないね…」と言った瞬間、元気な産声をあげてくれた娘さん。

娘さん誕生(@ymr_ymr_354さんより提供)

肺の未発達により呼吸ができない可能性がある、産声を上げられないかもしれないと告げられていたため、元気な産声を聞いた瞬間「よかった」と3人で涙を流しました。

@ymr_ymr_354さんは「妊娠中に告げられたあの言葉は何だったのかと、娘の寝顔を見るたびに何度も思いました」と振り返ります。その後の検査では、腎臓に嚢胞は確認されず、機能も問題ないことがわかりました。

宣告から12年、いま

現在、娘さんは11歳で、今年12回目の誕生日を迎えます。誕生日を迎えるたびに、当時の宣告を思い出すという@ymr_ymr_354さん。

誕生日(@ymr_ymr_354さんより提供)

妊娠中のMRIでは、腎臓に多くの嚢胞が確認されていました。しかし出生後の検査では嚢胞は見られず、腎機能にも問題はありませんでした。大きな病気もなく健康に育つ一方で、再発の可能性があるのではないかという不安も抱いています。

それでも、元気に成長する娘さんの姿を見て「奇跡はあるのだと改めて感じています」と話します。
2026年3月で小学校を卒業し、春からは中学生に。制服姿で登校する娘さんの成長を見守ることが、今の楽しみのひとつでもあります。

4月からは中学生(@ymr_ymr_354さんより提供)

娘さんを出産後、@ymr_ymr_354さんはさらに2人の子どもを授かりました。最初の経験があったため、妊娠するたびに24〜26週を迎えるのが怖かったといいます。もしまた同じことが起きても「あのような幸運は二度とないのではないか」と、不安でいっぱいでした。

2人目の妊娠では低置胎盤と診断され、状況によっては帝王切開の可能性があると説明を受けましたが、その後胎盤の位置が改善し、無事に出産しました。3人目は逆子が続いていましたが、34週で正常な位置に戻ったそう。

3度の妊娠でそれぞれ不安を経験したことで、無事に妊娠・出産できることは決して当たり前ではないと実感しました。

同じ不安を抱える人へ届けたい思い

体験を伝えたいと考えた@ymr_ymr_354さんは、SNSで娘さんのことを発信するようになります。投稿には、同じ病気と向き合っている人や、同じ病気で子どもを亡くした人、妊娠中の人などから多くのメッセージが寄せられました。

娘さんの無事を自分のことのように喜ぶ声もあり「多くの温かい言葉に励まされ、感動しました」と語ります。

娘さん(@ymr_ymr_354さんより提供)

@ymr_ymr_354さんは、これから出産を迎えるお母さんたちに向けて「3回経験した私の意見にはなりますが、妊娠出産は誰しも不安が募るものだと思います。そして誰にでも起こりうることで、だからこそ無事に生まれてくるのが奇跡。その瞬間を大切にしてほしい」とメッセージを送ります。

娘さんについては「元気で生きていてくれればそれでいいです。綺麗事かもしれないけど親として望むことはそれだけです。好きなことをして好きなように生きてほしい。厳しい状況を乗り越えて生まれてきた命を、思う存分生きてほしい」と話していました。

妊娠中の苦悩から現在の成長までを振り返り、家族が歩んできた時間を丁寧に伝えるエピソードでした。
支え合いながら前を向いてきた姿が、静かな温かさとともに心に残ります。

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