6歳から小児脳腫瘍と闘う次男。家族と歩む闘病の様子に「素晴らしい家族に泣いてしまいました」

6歳から小児脳腫瘍と闘う次男。家族と歩む闘病の様子に「素晴らしい家族に泣いてしまいました」
れおくん③(@lk_mkbbpnsk_klさんより提供)

@lk_mkbbpnsk_klさんの3人の子どものうち、次男のれおくんは2歳で脳腫瘍と診断され、これまで多くの手術や治療を受けてきました。

6歳になってからも長時間に及ぶ手術を受けましたが、その間、お兄ちゃんはお父さんと神社へ行き、手術の成功を祈っていたそうです。入院中は両親が交代で看病し、兄妹もそれぞれの場所で支え合いながら、今回も家族一丸となって闘病を乗り越え、れおくんは無事に退院しました。

そこで今回は、お母さんの@lk_mkbbpnsk_klさんに、家族で闘病と向き合う思いについて話を聞きました。

2歳で脳腫瘍と診断、突然の緊急手術

2021年3月、2歳になってすぐ脳腫瘍と診断されたれおくん。
れおくんは診断される1ヶ月ほど前から嘔吐があり、最初は5日に1回程度だった嘔吐が、次第に2~3日に1回、やがて毎日のように起こるようになりました。

近所の小児科を何度も受診しましたが症状は改善せず、約1ヶ月後に少し大きな病院を紹介されました。そこでも1週間ほど通院しましたが回復せず、CT検査で脳腫瘍が見つかり、すぐに大学病院へ救急搬送となります。

その後入院となり、@lk_mkbbpnsk_klさんは2歳のれおくんに「ママとお泊りしようね」と伝えていたそうです。しかし入院後、急速に状態が悪化し「明日手術を頑張ろうね」と伝える前に脳梗塞を起こし、緊急手術となりました。手術室から戻ったれおくんは、以前とは別人のように感じられたと当時を振り返ります。そのため、病気について詳しく伝えることはできませんでした。

脳腫瘍の摘出手術は行われましたが、知的障害や左半身麻痺などの後遺症が残りました。その後リハビリを続け、口から食事ができるまでに回復して退院。7〜8月には、がんにピンポイントで照射する陽子線治療を受け、治療と並行したリハビリで歩けるようにもなりました。

れおくん①(@lk_mkbbpnsk_klさんより提供)

てんかんの発症と治療の歩み

その後、9月初旬には硬膜下血腫の手術を受けます。このころからてんかんが見られるようになり、薬でなかなかコントロールができませんでした。

れおくん②(@lk_mkbbpnsk_klさんより提供)

2022年4月から療育園に通い始めたれおくんは、てんかん症状が重く、突然倒れる発作を繰り返し、怪我をすることもありました。そのため、2024年4月に脳梁離断手術を受けます。

手術後はいったん発作が落ち着きましたが、次第に再発。2025年9月には、発作の原因となっている部位を特定するため、頭蓋内に電極を留置する手術を行いました。

手術の成功を願ってくれたお兄ちゃん(@lk_mkbbpnsk_klさんより提供)

術後1週間程度の脳波ビデオモニタリングにおいて、てんかんを起こしている場所が特定でき、切除しても脳機能が維持できると判断されたため、2026年1月にはてんかんを起こしている場所を切除する手術をしました。

後遺症と向き合いながら、今を生きるれおくん

多くの手術や治療を乗り越えてきたれおくん。後遺症として左半身の麻痺、両目左側の視野欠損、知的障害が残っています。

れおくん③(@lk_mkbbpnsk_klさんより提供)

現在はてんかんの薬を服用しながら、毎日3食を口から食べ、歩くこともできています。学校や放課後デイサービスにも元気に通っているそうです。一方で、知的障害があるため、病気についてどこまで理解できているかは分からないと@lk_mkbbpnsk_klさんは話していました。

これまでの治療において一番つらかったことは、最初の摘出手術が終わったとき、手術前とは大きく様子が変わってしまったれおくんの姿でした。さらに、手術後2週間ほど意識が戻らず、口からの管も抜管できずICUに入っていたときには「このまま寝たきりになる可能性もある」と言われたことも。

治療を終えて元の保育園に戻る際も「現在の状態では安全に預かることが難しいため、母子通園で週3回、昼食までにしてほしい」と伝えられたことが、つらかったと振り返ります。一般的な保育園では、年度途中に特別な配慮や支援が必要な子どもに対して人員を追加することが難しく、転倒のリスクがある点も考慮した園側の判断でした。

事情は理解していたものの、@lk_mkbbpnsk_klさんにとっては、これまでとは違う現実を受け止める場面でもあったといいます。

れおくん④(@lk_mkbbpnsk_klさんより提供)

病気がわかってから約5年が経った現在、れおくんに再発はなく、てんかんも落ち着き、特に大きな制限なく生活できています。@lk_mkbbpnsk_klさんは「できるだけ他の兄妹と同じように接し、いろいろな場所へ出かけながら、後悔のないよう“今できることを今する”ことを大切に、楽しく過ごすよう心がけています」と話していました。

発信に込めた思いと、今後の願い

れおくんの病気がわかった当初、@lk_mkbbpnsk_klさんは病気について調べましたが、情報はあっても、同じ病気を経験した人の声はほとんど見つかりませんでした。

治療方針に悩むなかで「他の人はどうしているのだろう」と思い、Instagramのハッシュタグで調べたところ、同じ病気を経験した人からDMで体験談を聞くことができました。皆さんが親身に話をしてくれたことが大きな支えになったといいます。

また、治療に悩む中で支えてくれた人や心配してくれた人たちに、れおくんが回復していく様子を伝えたいという思い、そして同じ立場の人の役に立ちたいという気持ちから、病気についてありのままを発信するようになりました。

れおくん⑤(@lk_mkbbpnsk_klさんより提供)

今後について@lk_mkbbpnsk_klさんは「脳腫瘍やてんかんの再発がなく、リハビリで少しでも左麻痺が回復し、おしゃべりができるようになったら嬉しいです。何よりも、健康でニコニコと穏やかに過ごしながら、家族旅行やお出かけをたくさん楽しめたらと思っています」と語っていました。

@lk_mkbbpnsk_klさんの投稿には「みんなで、頑張ったんですね」「素晴らしい家族に泣いてしまいました」「お兄ちゃんも安心したよね」などのたくさんのコメントが寄せられていました。たとえ離れた場所にいても、家族の思いはれおくんに届いていましたね。家族の絆を深く感じることができたのではないでしょうか。

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