交通事故で全身の60%を火傷 ほとんどの指を失い不自由な暮らしに…それでも“夢”に向かって進む女性に迫る

交通事故で全身の60%を火傷 ほとんどの指を失い不自由な暮らしに…それでも“夢”に向かって進む女性に迫る
亜美さんと家族との写真(@ajhky_55さんより提供)

いつもと変わらない毎日を過ごしていても、病気や事故などが突然襲いかかってくることもあるだろう。

愛知県に住む森亜美さんは、8年前に突然の交通事故により全身火傷を負ってしまった。手指の火傷が酷く壊死していたため、切断せざるを得ない状況になり、両手のほとんどの指を失うことに。現在も後遺症により大変な思いをして過ごしている。

そんななかでも、家族のためにと前向きに頑張る亜美さん。これから挑戦したいことに向かって、日々リハビリに励んでいる。

今回は、亜美さんに事故や今後のことなどについて話を聞いた。

励みになれば

亜美さんは「同じようなケガや病気で苦しんでいる人の励みになりたい」という思いから、事故に遭ったときのことや心境、その後のリハビリについてなどメディアで発信をしている。
同じように悩む方だけでなく、子どもを持つお母さんにも勇気を与えられるような発信をしていきたいと話してくれた。

亜美さんは自身の経験などを書き記した電子書籍「Re:start~全身の60%に火傷を負った私~/森亜美(著)」も執筆しており、2024年1月31日に配信される予定だ。

運転中に起きた事故

事故は亜美さんの運転中に起きた。信号無視をした車が時速100キロで亜美さんたちが乗る車に衝突した。
そのとき一緒に乗っていた当時1歳だった娘はすぐに助け出されたものの、意識を失っていた亜美さんは全身火傷を負ってしまったという。

事故を起こした加害者の刑期は禁錮3年10ヶ月。
加害者に対し、亜美さんは「自分がどれだけのことをしたのかわかっているのか、二度と同じようなことはしてほしくないですし、人を巻き込まないでほしいと思いました。加害者は骨折だけで3年10ヶ月経ったらまた普通に暮らせるのだと思うと悔しいです」と語る。

亜美さん(事故前)
亜美さん(事故前)

現在もリハビリは続いている

事故にあってから自身の後遺症を知ったとき「火傷の後遺症ってこんなにも辛く大変なんだ」と感じた亜美さん。火傷治療の手術では、同じ部分を何度も手術しないといけない。関節部分だと一度の手術だけでは簡単に曲げ伸ばしができず、手術した後のリハビリが大切になるという。

亜美さんは「再拘縮しないように現在もリハビリに通っている状態で、すごく大変な思いをしています」と話す。

亜美さん(事故前)
亜美さん(事故前)

事故にあってから初めて家族と会ったときの夫や子どもたちの様子について亜美さんはこう語る。

「主人は事故当初、意識がないときから私のことを見てくれていて、変わらずに接してくれました。しかし、変わり果てた姿になったことで、私よりも主人が1番ショックだったんじゃないかなと思います。子どもたちも私に気を使ってくれたのか、変わらず『ママ』と声をかけてくれてビックリした様子もなかったです。しかし、大号泣したことが今でも忘れられずにいます。娘はまだ小さかったので娘だけ私のことを見て『ママ怖い』と言っていたので、そのときはすごくショックでした」

亜美さん
亜美さん

現在は、亜美さんの後遺症について子どもたちも受け入れているよう。亜美さんができないことを手伝ってくれるという。

生活するなかで家族や周囲の人からのサポートは欠かせない。ゴミ袋を結ぶのも難しいことから、家族には結んでもらってゴミ出しをしてもらっているという。
買い物で財布からお金を出すのもひと苦労だという亜美さんは、会計時は財布を渡して会計してもらうこともある。袋詰めも時間がかかってしまうので、家族や友達に手伝ってもらうことも。
さらに、週3回ヘルパーさんに来てもらい家事を手伝ってもらっており、たくさんの人にサポートしてもらいながら生活しているという。

また、生活するなかで、亜美さん用の道具なども作られた。
エピテーゼの耳やウィッグをオーダーメイド、亜美さんだけが扱える特別な包丁などだ。包丁を作ってもらったことで料理もできるようになった。
「どれも、私にとってすごく必要とするもので、作ってもらえたことにすごく感謝しています」

それでも後遺症が残ったことで、周りの目が気になってしまうこともあるという。「常に人の目を気にするようになってしまいました。さらに、食べるとき、服の着脱など生活するうえでなにかと制限がかかってしまうことがすごく大変です」

前を向けたきっかけ

そんな亜美さんが再び前向きになることができたきっかけは何だったのだろうか。

亜美さん(事故前)
亜美さん(事故前)

「1番は子どもたちのためですね!さらには、友達や周りの応援してくれている方々のためにも頑張ろうと思えるようになりました。
子どもの行事をどうしても生で見たくて退院し、しばらく経った頃メイクができるようになりました。そこで少し自分に自信がついて、ウィッグを付けてメイクをしてマスクをしたら外に出られたんです。耳も火傷し、マスクの紐がかけられなくなってしまっていたので、エピテーゼを取り扱っている会社さんに粘着の耳の作成をしてもらいました。そうしたらマスクが付けられるようにもなり、外に出られる勇気をもらいました。とても感謝しています」

今後の挑戦

亜美さん(事故前)
亜美さん(事故前)

最後に、これから挑戦していきたいことについて亜美さんに聞いた。

「私は美容が好きで、そのなかでもメイクが好きです。自分自身もメイクをしているときは自信がついたので、先天性、後天性関係なく、痣や傷跡などを隠せるメイク方法(メディカルメイク)の勉強をしたいと思っています。そして、同じような境遇で悩んでいる方の役に立ちたいというのが今の私の夢です。また、交通事故や火傷の怖さを伝えられる場があったら、伝えていきたいなとも思っています。周りの人たちに支えてもらった分、今度は私が誰かを支えられるような人になりたいです」

 後遺症に苦しみ、悩みながらも夢に向かって進む亜美さん。そこには大切な家族の存在があったのですね。
このように苦しむ人がいなくなるよう、自分にできることをしていきたいものです。

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