人間を日本酒の原料の酒米に見立て、精米、洗米、浸漬、蒸米、製麹、酒母造り、仕込み、火入れ、貯蔵、出荷など酒の製造工程に従った体験ができる酒宿(さかやど)が誕生した! この酒宿は、明治26年創業の福岡県うきは市にある蔵元「磯乃澤」(いそのさわ)の創業家が住んでいた築100年超の建物をリノベーションしたもので、2022年春から宿泊受付をスタートさせた。その名も「うきは酒宿 いそのさわ」(以下、酒宿)。

冒頭の通り、とにかく宿のコンセプトが面白い。コンセプト設計、酒宿の経営・運営を行なっているのが、静岡県下田市に本社を置く「ヴィレッジインク」だ。

ヴィレッジインク社長の橋村氏。

辺境、秘境でグランピング経営を先駆け

代表取締役社長の橋村和徳氏は2012年にヴィレッジインクを創業。グランピングという言葉がまだ定着していない時期に、辺境・秘境と呼ばれる僻地ばかりをターゲットにキャンプ場事業を展開した。初めて手がけた静岡県西伊豆にあるキャンプ場「AQUA VILLAGE」はその最たるもの。

橋村氏の思い入れのあるAQUA VILLAGE。美しすぎる夕日に感動!

船に乗って海から上陸するワクワク感、強風で船が出られないときはゲスト自ら険しい山道を登り降りして自分の足でキャンプ場までたどり着く。そんなスタイルが、普通のキャンプ場ではもの足りない人たちに刺さった。最近では、無人駅を再利用した群馬県のグランピング場と併せて、同社のサービスは「日経トレンディ 2021」ヒット予想ランキング1位にも選ばれる。1位になったコンテンツは無人駅&辺境グランピングというものだ。

なぜ静岡のキャンプ場会社が酒宿経営を?

こうして着実に実績を積み、単なるキャンプ場運営会社ではなく、ローカルエリアプロデュースも行う企業に成長。そして今回の案件にも乗り出したわけだが、その理由は?
「磯乃澤が経営改革を行い、それに伴って、古民家宿泊などの構想が始まったのがきっかけです。酒宿から車で15分ほどの山奥に姫治小学校という廃校があり、グラウンドをオートキャンプ場に変えるプランも連動すれば、まちづくりに近い包括的な事業を展開できると思いました」

磯乃澤社長の中川氏と一緒に。

今後は酒宿の最寄駅である「うきは駅」の運営も業務委託として行う予定。そうなると、駅と酒宿、姫治小学校などを車やレンタルバイクで移動してエリア全体を楽しんでもらうことができる。将来的には駅前の空き家を有効活用した不動産事業の展開も視野に、橋村氏が「うきはツーリズム」と呼ぶこの構想の一端が、今回の酒宿経営への参画だ。

自分を酒米に見立てて、日本酒造りを疑似体験

では、酒宿のコンセプトにある、“人間が酒米になる”はどういうことか?実際に体験してみた。宿にチェックインをしたら、まずはサウナへ。体を洗ってからの方がサウナの効果が高いと聞き、男女別のシャワー室で体を綺麗に洗う。これが「洗米」の工程だ。

酒宿の中庭にあるバレルサウナと醸造タンクを改造したシャワー室。

「蒸米」の工程であるサウナは小さめだが、木製の酒樽をイメージしていて、高温になっても居心地がいい。ちなみに橋村氏は365日ほぼサウナに入るという、正真正銘の“サウナー”だ。
「サウナは体の新陳代謝を高めるなど、健康面で効果が大きいのはもちろんですが、人と人の距離を縮めるためのコミュニケーションツールにもなります。例えばビジネスのネタはアイデアベースであれば誰でも出せますが、それを実行に移し、継続させることがいかに大変か……。どんな苦しいことがあったとしても投げ出さず、パートナーとして一緒にやり遂げられる相手かを見極めるには、サウナの狭い空間での腹を割った話し合いが有効なのです」

365日サウナーの橋村氏と息子さん。

すっぴんで大量の汗を流しながら、半裸の人間同士で過ごしていると、上っつらの会話など不要。一歩踏み込んだ大事な話をしたくなる。ちなみにサウナ先進国のロシアでは、サウナ内で商談も行われるのだとか。

サウナ内で人との距離をグッと縮める

磯乃澤の社長である中川次郎さんとも、サウナで距離を縮めた。
「うちの会社はこの土地に縁もゆかりもありませんでしたが、中川社長のような優れたローカルプレイヤーがいたことが決断の大きな要因になったのです。良い人材と巡り会えるか否かは、ビジネスにおいてとても大事です」

サウナでどっと汗をかいた後は、日本酒の醸造タンクを有効活用した水風呂へ。この水は日本酒の仕込み水と同じで、「浸漬」の工程になる。大きな水風呂の内部は真っ青なホーロー製で、思い切って水中に浸かると、宇宙遊泳をしているかのような感覚になる。ゆらゆらゆらゆら、まるで母の胎内に戻ったかのような安心感が……。

日本酒の醸造タンクを生かした水風呂の気持ちよさと言ったら、言葉にできない。

サウナ、水風呂、外気浴を3セットほど繰り返した後は、「製麹」へ。酒粕石鹸や酒粕化粧水で肌を整え、酒粕バナナスムージーを飲んで体の内側から整える。そして「仕込み」と「火入れ」では、日本酒飲み放題に突入する。

酒宿で飲み放題となる日本酒の数々。レアな種類も多い。

酒宿限定の激レアものを筆頭に数種を舌に含み、喉を潤し、美酒に酔う。酒のアテも、地元の旬の食材を使った滋味深いものばかり。囲炉裏を囲んで、心ゆくまで老舗の日本酒を堪能したら、広々とした宿で、なだれ込むように寝てしまう。これが「貯蔵」だ。

酒宿の囲炉裏。寒い季節には、ここで美酒に酔う。

翌朝はまたサウナに入って朝食を楽しんだ後、日本酒とサウナで清められた体で世間に出て行く。これが「出荷」というわけだ。もし時間があれば、酒宿一階にある「うきは食堂」で、素朴ながらも栄養たっぷりのランチを楽しんでもいい。

うきは食堂のメニューは、地元の旬の素材をたっぷり使う。

実は以前からオリジナルの日本酒造りをしたいと思っていたという橋村氏。
「日本酒は新規業者の参入障壁が高いのです。今回磯乃澤とコラボすることで、ヴィレッジインクのオリジナル日本酒製造をはじめ、アウトドアシーンにおける日本酒を絡めたさまざまなコンテンツを考えることもできます」

橋村氏は自らのビジネスパートナーを「人がやらないことが大好きな変態」と呼ぶ。この先も「辺境・秘境」で、そんなパートナーたちとさらなるワクワク感を追い求めていく。

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