4月で社会人生活2年目を迎えたSaemiさんは、「みんなで楽しく社会課題を解決する」を目的にしたベンチャー企業で、ライター業をはじめオウンドメディアの運営を担当している。飾らずありのまま、笑顔で働く。
その笑顔の裏側には、一時期は食事もできないほど精神的に疲弊し、大学卒業後に勤めた大企業を早期に退職した過去を持つ。
Saemiさんの原動力となっているのは、さまざまなバックグラウンドを持つ人との出会いによって生まれた、「多様な価値観を尊重する社会づくり」という目標だ。

目標の土台になった海外での経験

幼少期から海外のテレビ番組や音楽に触れて育ったSaemiさんは、いつからか海外に大きな憧れを抱いていた。初めて外国人と深く交流したのは小学生のころ、自宅をホームステイ先として、カナダからの留学生を受け入れたときだった。

「たった1人との出会いなのに、その人との絆によって、私の中でカナダが『大切な国』になったんです。彼女とは、今も連絡を取り合う仲なんですよ」

自ら海外に飛び込んだのは、高校3年生のとき。学校外の留学プログラムに応募して、フランスへ1年間留学した。

高校卒業後に進学した国内有数の国際系大学では、授業の全てが英語で、一年間の留学が必須。Saemiさんは大学のプログラムに留まらず、バックパッカーとしてカナダからアルゼンチンまでを1人で渡り歩き、自力でホームステイ先を確保しながら、異文化理解に努めた。

ホームステイ先の1つであり、お世話になったコロンビアのホストファミリーと(Saemiさん提供)

これまで20か国以上を訪れ、「良い意味で自分の常識が覆された」と語るSaemiさん。その中でも、現在掲げる目標に強く影響を与えた地として、大学3年時に留学したアメリカのサンフランシスコを挙げる。

「私は過去に、人種や性別、肩書きにもとづいた偏見だけで『自分』という人間を定義付けられたことがありました。でもサンフランシスコでは、そのように外側だけを見られる経験があまりなくて。出会った人の多くが、私を形成する多様なアイデンティティを尊重したうえで、『一個人』として見てくれました」

「パブリックイベントで多国の伝統行事があり、出身地・国籍にかかわらず一緒に祝っている光景は、印象的でしたね。トランスジェンダーの授業で、性別の歴史や性自認について学べることにも感動しました。多様な価値観やアイデンティティが混じり合い、ありのまま過ごせたサンフランシスコの時間と自分が、好きでした」

サンフランシスコの好きな景色として挙げる、留学先大学近くの湖(Saemiさん提供)

「大企業に就職」が就活のゴールだと思っていた

留学を終えて日本に帰ってから、すぐに就活が始まった。通っている大学は、一流企業から引く手あまたの名門。当時のSaemiさんは、「大企業に勤めて、“さすがあの大学の出身”と言われること」が就活のゴールであるかのように思っていた。就職したのは、海外にも部署を構える大企業だ。

しかし仕事が始まると、「学歴」や「容姿」など、先入観だけで自分を定義付けされてしまう。一日が終わると自分がすり減っている。そんな日々が続いた。気が付いたときには心身ともに不調を起こし、7月に退職を申し出た。

「たとえば、『あの大学の出身だから優秀』という言葉は、自分ではなく大学が評価されているかのようで……。『女性だからこの服装をしてください』と、多様な人が働く中で、容姿だけで性別のアイデンティティや自己表現の仕方まで決めつけるような発言にも、違和感を覚えました」

「退職したころは『健康に生活すること』が目標だったくらい体調を崩していたので、次の道を考える余裕はありませんでした。でも、少し回復して冷静になったときに、『つらい時期には意味がある』と思うようになってきて。『今までいろんな経験を乗り越えてきた私なら大丈夫』と自分を信じ、少しずつ次の道を模索し始めました」

前職で長期研修が行われる予定だった8月。研修期間に合わせて、都内の宿泊施設に元々3週間の予約を入れていた。ここでの出会いが、新たな一歩を踏みだすきっかけになる。

思いもよらぬ出会い

宿泊先には、様々なバックグラウンドを持つ人たちがいた。大学を中退し、フリーランスとして活動する動画クリエイター。大企業やベンチャー企業を経て、他分野で起業したトレーナー。元公務員のライター。

周囲の多様な生き方とこれまでのSaemiさんの経験が、歩む道を固め始めた。

宿泊施設をチェックアウトし、次の目的地へ向かう(Saemiさん提供)

「以前は『どの企業に勤めるか』が大切だと思っていたし、周囲の期待に応えることが、目標になっていました。でも、大切なのは『自分』が何をしたいのか。それを知るために『自分』と向き合う必要があると気付かされました」

「私は、多様な価値観を尊重し合える風潮をつくりたいと思っています。肩書きや人種などで一括りにせず、お互いが1人の人間として向き合えるような。だから、新たな気付きや多様な人々のストーリーを伝えられるライターって良いかも、と思ったんです」

そんなとき偶然にも、大学時代の先輩がライターとして活動していることを、SNSで知る。話を聞いてみようと連絡すると、早速翌日にテレビ電話をする流れになった。

「仕事の見つけ方や勉強の仕方など、ライターのことを少し聞こうと思い、連絡しました。そしたら、『うちの企業でぜひ書いてほしい』って」

それが、今のSaemiさんの勤務先だ。

「ありのままの自分」でいられるように

現在の勤務先で仕事に励む(Saemiさん提供)

自分らしさを忘れかけ、息をするのもやっとだったSaemiさんだが、今は生き生きと働いている。「世界のアップデート」を理念とする企業でスキルを磨きながら、自らが掲げる目標の実現へと、歩んでいる。

「人種差別や憎悪犯罪(ヘイトクライム)って、一個人に対して恨みがあるわけではないのに、『その国の出身であること』や『その国・地域の見た目であること』によって一括りにされ、標的になっているケースは多い。その人は何も悪いことをしていないのに、自身のアイデンティティが理由で傷つくのは、おかしいですよね」

「自分のアイデンティティに誇りを持って生きられるような、みんなの『ありのまま』が溢れる、心地よい社会づくりに貢献していきたいです」

「多様性」という言葉自体は、様々なところで見聞きするようになったが、生きやすい世の中を目指すうえでは、社会生活に落とし込むことが求められる。実現に向けて、Saemiさんのような経験や思いは、きっと力になる。インタビューを終えたとき、前に進むその背中を、そっと押したくなった。

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