筑波大学在学中に“インプロ”や演劇教育に出会い、同大学大学院進学後は表現教育について学びを深めた下村理愛(りな)さん。現在は、インプロを通じた教育事業を展開するIMPRO KIDS TOKYO(以下、IKT)代表理事および、インプロの企業研修を行うフィアレスの取締役としてインプロの普及に努めながら、自身もパフォーマーとして舞台に立っている。
「子どもたちには、読み書きと同じようにコミュニケーションを学ぶ機会が必要」と語る理愛さんに、インプロの魅力について尋ねた。

楽しみながらコミュニケーションを学ぶ

日本語で“即興”を意味するImprovisation(インプロヴィゼーション)、通称インプロ。台本がないお芝居、即興演劇として舞台俳優のトレーニングに用いられたのがその始まりだ。ミニゲームのような体感型のワークが多くあり、楽しみながらコミュニケーションについて学べる。その効果の高さから、海外ではピクサーやグーグルといった名立たる企業が研修に取り入れているほか、学校教育にもその手法が取り入れられているという。

ワークショップの1コマ。「挑戦するときに抱く恐れとマインドセット」を子どもたちに伝える。

インプロは、仲間と一緒に一からストーリーを創っていくもの。「こうあるべき」ということにとらわれずに仲間のメッセージを受け止め、そこに自分のメッセージを重ねていく。

「ときには上手く伝えられなかったり失敗したりすることもあります。でも、お芝居の中で積み重ねたそうした経験こそ、実生活のコミュニケーションで活きてくるんです」

失敗したときの合言葉は「もう一回!」架空の世界だから失敗しても大丈夫。

理愛さんたちは、インプロの第一人者であるキース・ジョンストン氏が考案し、体系化したインプロをメインに扱っている。彼が掲げる言葉の1つが “Give your partner good time” 相手にいい時間を与えよう。インプロで大切にしているのは、誰か一人がしゃべって満足するものではなく、舞台にいる全員がいい時間を過ごせることだ。

ワークショップではまず、「自分のメッセージやアイディアを相手に渡す、相手が発したものを受け取る」というワークから始める。代表的なものの1つが“Happy No”、ハッピーにNoと言おう。相手の顔色を気にしてすべてYesと言うのではなく、自分が嫌と感じるものには率直にNoと言う。それをハッピーに言えば相手を傷つけることなく、お互いに安心してコミュニケーションがとれる。

インプロは、そんな「心理的に安全な場所」というベースを築いたうえで、お芝居を創っていくのだという。

ワークショップでの1コマ。「わたす・うけとる」のワークをしている様子。

架空の世界で積んだ経験が現実世界で活きる

理愛さんの活動の原点は、高校時代の進路選択で自分の気持ちに蓋をしてしまい、周囲に本当の気持ちを伝えられなかった経験。

「インプロに出会い、自分の考えを受け止めてもらえるという関係性の有無が人の進路や人生の選択に大きな影響を与える、と強く感じましたね」

ワークショップを通して、徐々に子どもたちは自分の気持ちに蓋をせず、自らの考えを表現できるようになっていく。しかし、自宅へ帰ったときや学校へ行ったとき、さらには大人になって社会へ出たときに周りの大人がそれを受け止めなければ、再び自分の気持ちに蓋をするようになってしまう。だからこそ、ワークショップでは親子タイムを設けることで学びを家庭に持ち帰れるようにし、学校訪問をすることで教育現場へも働きかけを行っている。インプロの企業研修を行う背景には、それがゆくゆくは「子どもたちの未来のためになる」という思いもある。

子どもたちのインプロショーの様子。

「インプロの魅力は、『相手にいい時間を与えよう』『失敗や予想外のことを楽しもう』といった人生を楽しめる哲学を学ぶことができ、ワークを通してそれらを気軽に体感できること」と理愛さん。お芝居の中の架空の世界だからこそ、いろいろな表現が試せる。「失敗しても大丈夫」という実感が伴う、安心安全な空間があることもインプロの魅力だそう。

習い事として継続的にインプロを学んでいる子どもたちからは、「以前の自分なら諦めていたことにも進んでチャレンジできるようになった」「自分の気持ちを明確に伝えられるようになった」という嬉しい声が届く。保護者からは、「子どもの選択を尊重できるようになった」「子どもへの声がけの仕方が変わった」という声も。こうした嬉しいフィードバックは、理愛さんにとって何よりの原動力となっている。

ワークの後はみんなで振り返りをし、気づきを共有する。

「インプロは特効薬のように、一度経験すればコミュニケーション力が上がるものではありません。飲み続けるとじわじわと効果が表れる漢方薬のように、経験を重ねてはじめて効果を実感できるものなんです」

人生はまさにインプロショー

私たちの人生はまさにインプロのショーのようだと語る理愛さん。選択肢は無限に広がり、変化も多い。そんな中を生きていくからこそ、失敗や予想外のことも楽しみながらコミュニケーションについて学べるインプロは、今の時代に合っているという。

カナダではパフォーマーとしても活躍している理愛さん。

理愛さんは2021年からカナダに拠点を移し、ますます精力的にインプロ活動に励んでいる。引き続きIKTやフィアレスの活動に従事する傍ら、ジョンストン氏の弟子たちが創設した“Tightrope(タイトロープ)”というインプロ専門の劇場でショーに出たり学校訪問をしたりと、インプロが盛んなカナダで自身の活動の幅を広げている。そんなカナダですら、子どもだけでなくその保護者を巻き込んだワークショップを提供する、IKTのような団体は見当たらないそう。

IMPRO KIDS TOKYOの仲間たちと。

「今後はIKTのエッセンスを現地の人に伝えながら、カナダでの学びをIKTやフィアレスでの活動に活かしていきたいですね。来年の夏辺りには、IKTに通う子どもたちとカナダでインプロを学ぶ子どもたちが交流できるサマーキャンプも企画しようと思っています」

自分が子どもの頃に出会っていたら良かったと思うサービスを体現すべく、理愛さんはこれからも活動の幅を広げていく。

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