古より旅人が集まる、香川県琴平町にある金刀比羅宮(ことひらぐう)。通称“こんぴらさん”のある山の麓に、「栞や(しおりや)」はあります。人生という旅を彩るアイテムとして“お守り栞”を作るのは、岸本浩希さんと紗奈衣さん。そこに看板猫のチャイ子が寄り添います。

栞やのコンセプトは「わたしたちは皆、人生という“ひとり旅”をしている旅人」。2人は緑豊かなこんぴらさんの麓で、栞を作り、スパイスカレーやドリンクを提供しながら、旅人の訪れを待っています。

栞と本とカレーのお店 栞や(香川県琴平町)

“クジラの絵”から生まれた店。絵と言葉がひとつになる

栞やには1枚の大きなクジラの絵があります。カラフルなタッチの絵で、空いっぱいに泳ぐクジラの先に、小さく少年が描かれています。タイトルは『いつか見た光が向かう方へ』。岡山の画家・幸山将大(まさひろ)さんの作品です。

『いつか見た光が向かう方へ』を見つめる紗奈衣さん

「2人で何かやろうと思っていた頃、岡山でこの絵に出会って感動して『この絵の向かう方へ、行きたい』と、強く願ったんです。その後、私の祖父母が住んでいた家を改装して、栞やを始めました。なのでここは“絵から生まれた店”なんですよ」

当初から“栞を作る”とは決めていなかったという紗奈衣さん。1枚の絵が自分たちの転機に寄り添い、指針にもなった経験から「人生の転機に寄り添うツールを作りたい」と思い、その後に「絵から切り出した栞」を作ってみようと思いつきました。

自分のためのお守り栞を選ぶ紗奈衣さん。「悩んでしまいますね」

そこで登場したのが“お守り栞”。原画をクジラの絵の作者・幸山さんにお願いし、四季折々の景色が描かれた12枚の『季節を旅する栞』が完成しました。現在は、大阪の画家・ほしのしほさんによる星座を題材にした『星めぐりの栞』シリーズが進行中です。

岡山の画家・幸山将大(まさひろ)さんによる『季節を旅する栞』シリーズ

星めぐりの栞シリーズ『蟹座・虹色の波』

栞に添えられた柔らかい言葉も印象的です。原画からインスピレーションを得て紗奈衣さんが言葉を紡ぎ、時には浩希さんと2人で考え、原画の一部を切り出した絵と結びつけています。紗奈衣さんは、岡山でヨガインストラクターをしていた経験から、サンスクリット語を学んでいました。サンスクリット語は、言葉の意味の前に“音”を感じるもの。音がしっかり入った後で、言葉の意味を学ぶといいます。

「サンスクリット語を通じて、言葉は人のフィルターだけ感じ方があると学びました。言葉ひとつに影響力があるので、栞に添える言葉には非常にこだわっています」

『いつか見た光が向かう方へ』には、” you can’t be alone anymore. so you need to stand alone."。キーワードは『夢 , 願い , 無垢』

そうして“絵から生まれたお店”は、言葉が寄り添い、旅人が集う場となりました。栞だけでなく、原画が飾られているほか、古本を交換できる『旅する栞や文庫』や、絵をイメージしてできたスパイスカレーやドリンクなども提供されています。

絵をイメージしたスパイスカレー。こちらは2021年5月末までの限定メニュー

ひとり旅に込めた思い、そしていつか「またこの場所で」

『光のとまり木』という特別な栞があります。ひとり旅を終えた12人の旅人が一同に木の下で集う様子が描かれていて、こちらの栞は店舗限定。添えられた言葉は『またこの場所で』。

店舗限定の栞『光のとまり木』

「帰る場所があるから、旅に出られるんです」
浩希さんは絵を見つめながら“ひとり旅”というキーワードについて語ります。

「旅を重ねていると、見知らぬ土地で新しい価値観に触れたり、人と出会って幅が広がったりします。その時ふと『旅は人生の縮図だ』と思ったんです。人生で旅、それも“ひとり旅”の最中なんだと」

以前は海外旅行などを重ねていたという浩希さん。くつろぐチャイ子と共に

1人だから見える景色や感性を大切にしながら自分軸を持った“ひとり旅”。そんな旅を終えた旅人が集い帰る場所、それが栞やであればいい、と浩希さんは言います。『光のとまり木』は、栞やの象徴。なかなか思うように移動ができない今だからこそ、『またこの場所で』というメッセージは、明るい希望と共に響いてきます。

『またこの場所で』。緑あふれるこんぴらさんの地に集う旅人たちの姿

人生というひとり旅に寄り添う“栞”

季節を旅する栞シリーズの『6月の栞・星待つ時』は、グラデーションの青が美しい1枚です。雨上がりの水田には山々や町明かり、星空が写りこんでいます。小さく描かれた人物と、不思議なシルエットの動物の姿も。この栞には『時を待つ、潜在、望み』のキーワードが添えられています。

季節を旅する栞シリーズの『6月の栞・星待つ時』。雨上がりの空模様が印象的

「雨がしとしと降る季節は、外より自分の内側に意識が向く時。“待つ”というひと時は、自分の心にある望みや気持ちに寄り添える時間かなと思います」
「この季節、誰かを思って手紙を綴ったり、栞に言葉を書くのもいいかもしれません。贈り物は“心”の贈りあい。会えない人のことを考えながら感じる時間は、とても豊かだと思います」

絵や言葉に自分を重ねたり、誰かを想像したりと、人によって栞の選び方はさまざまです。「モノがあふれる時代だからこそ、贈りあうのは相手を思う気持ち。そこに栞が寄り添えばいいな」と紗奈衣さんは語ります。

岸本浩希さんと紗奈衣さん、看板猫のチャイ子

浩希さんと紗奈衣さんは、2021年秋、芸術家が滞在しながら創作活動ができる拠点をプレオープンさせる予定。琴平宮参道口にある6階建てのビルに、作品の展示販売やイベントのスペース、カフェや居住区を設ける計画が進行中。

こんぴらさんという古来より人々の願いが集まる場所で、旅人が自由に集える日を、浩希さんと紗奈衣さんは心から待っています。

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