小麦・卵・乳製品を使わないお菓子を通して、アレルギーの有無を問わず食の喜びを共有できるひとときを届けようと奮闘する会社が、香川県さぬき市にあります。その名は、禾(ノギ)。穀物の総称を社名に冠した同社は、アレルギーを抱える子ども向けの商品で認知度を上げ、2020年には無印良品のお菓子をOEM生産するまでになりました。

事業の開始時点ではまだ珍しかった米粉のお菓子が生まれた背景にあるのは、創業者の中條淳子さん自身の体験。玄米に救われた過去、東日本大震災への支援などを通して、自らの使命を見出した中條さんのこれまでとこれからを掘り下げます。

荒れた生活を一変させてくれた玄米との出会い

中條淳子さん。不摂生な生活は2年ほど続いたという

いまでこそ玄米を中心に据えた健康的な食生活を送っている中條さんですが、多忙を極めていた会社員時代のそれは似ても似つかぬもの。米食を控える一方でカロリーのあるものさえ摂ればいいと、大好きなチョコレートのほか、栄養補助スナック、野菜ジュースなどで空腹をしのいでいました。

そんな毎日を送った結果、次第に強い倦怠感に襲われるように。ひどいときには椅子に座っていられないほどでしたが、出張先に1冊の本を持ち歩く習慣があったことが、ターニングポイントをもたらすことになります。

中條さんがふと手に取ったのは、幕内秀夫さんのベストセラー『粗食のすすめ』。読み進めていくうちに、手の震えや息切れなど、それまで抱えていた不調の大半が低血糖の典型的な症状に当てはまることを知りました。

子ども向けの商品はもちろん、大人でも楽しめるものもラインナップ

ならばと、食生活も本で紹介されていた通り、玄米を主食に据えたものに切り替え。玄米のおにぎりを常に持ち歩き、小腹が空くたびに食べるようにしました。1日に5合食べても、体重は減るばかりだったというから驚かされます。

そうして1、2か月が経ったある日、通勤経路の地下道を上り下りしていたところ、途中で休むことがなくなっている自らに気づいた中條さん。

「玄米にこれだけ体を変える力があるのなら、他のお野菜とか食べ物にもそれぞれいろんな役割があるんじゃないかと思って。それが知りたいと思って。納得できるような回答をくれたのがマクロビオティックだったんです」

食べ物の持つ力を肌で感じた中條さんは、東京の料理教室で玄米菜食が基本のマクロビオティックを学ぶことに。本業の商社勤務と並行してお菓子づくりを始め、いつしか現在の禾の前身にあたるカフェを開業させるに至りました。