サッカー選手として活躍する松本光平さんは、2020年の事故により、右目がほとんど見えない状態になりました。それでもリハビリやトレーニングを重ね、2023年にサッカー選手として復帰。現在も競技を続けています。
今回は、事故を乗り越え、サッカーを続ける松本さんの歩みに迫ります。
器具の金具が目に直撃し、右目が見えない状態に
事故が起きたのは、2020年5月のトレーニング中でした。
当時、ニュージーランドのクラブに所属していた松本さん。コロナ禍でチームの活動休止が数ヶ月続き、一人で自主トレーニングに励む日々が続いていました。
「この期間は逆に自分自身を鍛えて、さらに成長できるチャンス」と考え、トレーニングに励んでいたところ、背中を鍛える器具の留め具が外れ、飛んできた金具とチューブが目に直撃しました。
ニュージーランドの病院では、最悪の場合は眼球摘出の可能性もあると言われ、日本に帰国して手術を受けることを決意したそうです。
「なんとか眼球摘出は免れて、自分の目を残すことができたのは大きかったと思います」と振り返ります。医師からは「本来これだけの衝撃が目に加われば、眼球が破裂していてもおかしくなかった」と言われました。
さらに「サッカーなんて言ってる場合じゃない」と言われたものの、松本さんは「眼球が破裂しなかった時点で僕の勝ちだな」と思っていたのだとか。手術後は2週間以上、24時間ずっと顔を上げることが許されず、寝返りを打たないよう、帯でベッドに固定してもらったこともありました。

事故後、見えづらさを抱える中でも、松本さんの頭にあったのは、その年の12月に開催されるクラブワールドカップでした。
「見えづらい状態で、どのようにプレーをすれば競技復帰につながるか」を意識しながら、リハビリに取り組んだといいます。
これまでと同じ感覚ではプレーできないため、プレースタイルも変化しました。見えない部分を補うため、新たなトレーニングも多く取り入れました。
その結果、「目の影響で視野は狭くなったけれども、プレーの幅は逆に広がった」と、成長した部分について話していました。

右目は見えず、左目はぼんやりと見える現在
現在、松本さんの右目はほとんど見えず、左目もぼんやりと見える状態とのこと。物が歪んだり、ぼやけたり、二重や三重に見えたりする一方、色などは比較的きちんと認識できます。
リハビリの効果もあり、「このぼやけ方なら中心はここ」「この歪み方なら実際はこういう形」と、見え方から実際の形を認識できるようにもなりました。
日常生活では、料理の際にニンジンの皮がどこまで剥けたかわからず何周も剥き続けたり、肉が焼けているかわからず長めに焼いた結果、丸焦げになってしまうこともあったそうです。
そこで現在は、なるべく無農薬の皮ごと食べられる食材を買い、そのまま丸かじりするようになりました。肉についても「この種類で、この大きさなら大体これくらいの焼き加減かな?」と、種類に応じた焼き方を見つけたといいます。
そんな松本さんを支え続けたのが、「クラブワールドカップで結果を出して、逆輸入でJリーグに移籍して活躍する」という目標でした。また、「一緒に頑張ろう」と支えてくれた人たちの存在も、サッカーに専念する力になりました。
「今も生活は個人スポンサーの方々のご支援で成り立っていますし、自分の目標を応援したいとサポートしてくださっているので、早く結果を出して恩返しがしたいという思いは強くあります」と語っています。
3年間のリハビリを経て、サッカー選手として復帰
松本さんは、3年間のリハビリを経て、2023年にサッカー選手として復帰しました。
しかし、復帰までの道のりは簡単なものではありませんでした。まずは歩くことから始め、最初は目の影響で真っすぐ歩けなかったり、少しペースを上げると気分が悪くなって嘔吐を繰り返したりと、乗り物酔いのような状態が続いていたといいます。
それでも「きちんと歩くことすらできない人が、プロの選手としてプレーできるわけがない」と考え、朝から晩まで1ヶ月間、どんな天候でも歩き続けました。
平衡感覚も異なるため、よくふらついて転び、雨の日には毎回泥だらけになったこともありました。
歩くことができるようになると、走るトレーニングへと移行しました。そこから方向転換、全速力でのスプリント、ボールを使ったトレーニング、対人トレーニングと、一つずつ課題をクリアしながら、できることを増やして復帰につなげていきました。
目に障がいがあっても大きな舞台で活躍できることを伝えたい
松本さんは2025年12月、所属していた高知ユナイテッドSCとの契約が満了し、現在は次の移籍先を探しています。
スピードが落ちてくる年齢を理由にチームから断られることを避けたいと考え、この半年間は陸上トレーニングも本格的に取り入れてきました。その結果、100m走のタイムは半年間で1秒以上速くなり、トレーニングを続ければまだ伸びるという手応えも感じました。
また、松本さんは「自分のように、視覚に障がいのある子どもたちってたくさんいるんです」と語ります。自身が結果を出し、大きな舞台で活躍することで、同じように視覚に障がいを抱えた子どもたちにも「こんな舞台に立つことができる」と伝えられたらと明かしています。
今後の目標は、まず次の移籍先を決め、Jリーグの舞台でプレーすることです。
「活動を支えてくださっている個人スポンサーの方々へ、結果を出して恩返しをすることはもちろん、その他にも自分を応援してくれている方々のためにも、まずは一日でも早く所属先を決められるように努めたいです」と語ります。
2025年に同クラブではピッチに立てなかった松本さんですが、サポーターからは常に温かい応援が寄せられていたそうです。
「自分がJリーグのピッチに立つ姿を楽しみにしてくれているサポーターの皆さんに、その姿を見せることができなかったのは本当に悔しいです。そのため、次のチームで結果を出して、高知まで自分が活躍している姿を届けられたらとも思っています」と話していました。
事故後もリハビリやトレーニングを重ね、サッカーを続けてきた松本さん。自身の目標に向けて歩みを続ける姿に今後さらなる活躍への期待が高まります。

