「ここで終わらせたくなかった」会社存続の危機から再出発したウェディング経営者の決断

「ここで終わらせたくなかった」会社存続の危機から再出発したウェディング経営者の決断

岡山県倉敷市でウェディング事業に携わる岸本さん。
現在は、株式会社サムシングフォーの代表として、結婚式のプロデュースを手がけています。

ただ、その道のりは決して平坦なものではありませんでした。創業者である母親が始めた会社の歩みをそばで見てきた岸本さんは、のちに自ら会社を引き継ぐことに。経営難や資金繰りの不安、私生活での大きな変化にも直面しながら、それでも前に進み続けてきたといいます。

さらに、会社を立て直す過程で見つめ直した“理念”は、やがて仕事だけでなく、夫婦のあり方を考える新たな取り組みにもつながっていきました。

会社を受け継ぐことになった経緯、そして人生の転機となった出来事について、詳しく話を聞きました。

母親が始めた会社が原点 結婚式のあり方への疑問から生まれた仕事

岸本さんの原点にあるのは、岸本さんの母親が創業した会社の存在です。

もともとは医薬品や化粧品の販売を行っていましたが、時代の変化の中で個人商店として続けていく難しさが増し、新たな事業への転換を決断したそうです。

その転機となったのが、当時携わっていた結婚式の司会の仕事でした。

当時の結婚式は、ホテルや式場で決められた進行に沿って行われることが一般的で、司会者の役割も、用意された進行表をなぞるような形が多かったといいます。そんな中で岸本さんの母親は「もっと新郎新婦自身の想いや背景に寄り添った結婚式があってもいいのではないか」と感じるようになったそうです。

“結婚式を進行する”のではなく、“結婚式を一緒につくる”。
その発想から始まったのが、ウェディングプロデュースという仕事でした。

始めた頃はまだ地方では珍しかったスタイルだったものの、結婚式に対する価値観が少しずつ変わり始めていた時代でもありました。画一的な形式に違和感を抱く人が増え、「自分たちらしい結婚式」を求める流れが生まれつつあったのです。

社名の由来となった「Something for」という名前も、当時別の会社で働いていた岸本さんと岸本さんの母親が一緒に考えたものだったそうです。欧米の結婚にまつわる言葉をもとにしながら、“ふたりらしさ”や“新しい価値”を表現できる名前として、この社名が生まれました。

会社存続の危機 引き継ぐ決断をした理由

岸本さんお母様との仕事風景(右が岸本さん)(岸本さんより提供)

その後、会社は大きな転機を迎えます。

岸本さん自身も結婚を機に岸本さんの母親の会社に加わり、以降は二人三脚のような形で事業に関わってきました。ウェディングプロデュースの時代を経て、自社で自由な式を実現できる会場を持ちたいという思いから、共同出資で式場を持つという挑戦もしてきたといいます。

しかし、共同経営の中で方向性の違いが生じ、事業から撤退することに。さらにその頃、岸本さんの母親の病気も重なり、会社を取り巻く状況は厳しさを増していきました。

もともと倉敷に残していた会社へ戻る決断をしたものの、そこはすでに解散寸前ともいえる状態。債務超過に近く、仕事もほとんどない。そんな苦しい局面で、会社を引き継ぐ決断をしたのが岸本さんでした。

背景には「母と一緒に築いてきたものをなくしたくなかった」という強い思いがあったといいます。

一方で、当時は資金面にも余裕がなく、スタッフも離れ、経営環境は決して良いとは言えなかったそうです。私生活でも大きな変化が重なり、心身ともに追い込まれていた時期だったと振り返ります。

それでも岸本さんは、立ち止まることはできなかったと話します。

「振り返ったら崖。前に進むしかなかった」

情熱だけで走り抜けたというより、守りたいものがあったからこそ踏みとどまれた。そんな切実さの中での再スタートでした。

倉敷での挑戦 歴史ある街で結婚式を行うという選択

 

再出発の場所として岸本さんが選んだのは、倉敷の美観地区でした。

目指したのは、結婚式のためにつくられた会場ではなく、町の歴史とともに生きてきた場所で人生の節目を迎える結婚式です。歴史ある建物を活用し、その土地の空気や文化も含めて、ふたりの門出をかたちにしたい。そんな思いがあったといいます。

そして2013年、倉敷の歴史的建物を活用した式場「The華紋」をオープン。江戸時代の建物を生かした空間で行う結婚式は、一般的な式場とは異なる特別さを持ち、現在の事業の大きな柱のひとつになっています。

とはいえ、その道のりは簡単なものではありませんでした。

当時、会社には十分な資金がなく、融資も思うように進まなかったそうです。オープンの準備は進んでいるのに、資金のめどが立たない。精神的にも張り詰めた日々の中、最後の最後で地元の金融機関から融資を受けられることになり、なんとか開業にこぎつけたといいます。

しかも、オープンまでの期間は半年もないような慌ただしさ。スタッフがゼロになり、一人で背負うような状況の中で、それでも式場を立ち上げた岸本さん。オープン直後から結婚式を入れ、資金が回り始めることを信じて進むしかなかったといいます。

まさに綱渡りのようなスタートでしたが、この挑戦が今につながっています。

会社の理念を見直したことが、自分自身の転機になった

仕事を続ける中で、岸本さんにとって大きな転機になった出来事がありました。

会社を引き継いだ当初は、とにかく立て直さなければならないという思いが強く、数字をつくることに必死だったといいます。しかし、その一方で社内には疲弊した空気が広がり、スタッフが長く続かなかったり、組織としての一体感が失われたりする時期もあったそうです。

「なんのためにこの仕事をしているのか」
その問いに、改めて向き合う必要があったといいます。

そこで定めたのが、「幸せを創造し 人生を豊かにする」という理念でした。

この理念を共有したことで、スタッフ同士の関係性や仕事への向き合い方が変わっていったそうです。料理をつくる人も、サービスを担う人も、それぞれが別の役割ではなく、“誰かの幸せをつくる”という同じ目的に向かっている。そう考えられるようになったことで、組織の中に少しずつ共通の軸が生まれていきました。

何か問題が起きたときも、「理念に立ち返る」という判断基準ができたことで、進むべき方向が見えやすくなったといいます。

そしてこの経験が、岸本さん自身にもうひとつの気づきをもたらしました。

会社に理念があることで立ち返れるのなら、夫婦にも同じように“戻れる場所”があっていいのではないか。そう考えるようになったのです。

結婚式の前に「夫婦の理念」を考えるという取り組み

倉敷の歴史的建物を活用した式場「The華紋」(岸本さんより提供)

そこから始まったのが、結婚式の前に夫婦の価値観を言葉にする取り組みでした。

どんな夫婦でいたいのか。
何を大切にして生きていきたいのか。
ふたりにとっての幸せとは何か。

結婚生活が始まると、忙しい日々の中で、最初に大事にしていた気持ちを見失ってしまうこともあります。そんなときに立ち返れるものとして、“夫婦の理念”を言葉にして持っておくことには意味があるのではないかと、岸本さんは考えたそうです。

「初心に戻る」と言っても、その“初心”が曖昧だと戻りようがない。だからこそ、ふたりで対話し、価値観を言葉にしておくことが大切だと感じたといいます。

この取り組みは、岸本さんの関わるお客様から少しずつ始まり、次第に共感を広げていきました。今では、結婚式そのもののプロデュースにとどまらず、ふたりの関係性を見つめる時間としても大切にされているそうです。

結婚式を“当日だけのイベント”ではなく、その先の人生につながる時間として捉える。そこには、岸本さんがこれまでの経験を通じてたどり着いた結婚式観が表れています。

この内容は書籍『夫婦の理念』(ダイヤモンド社)にもまとめられています。

コロナ禍で改めて感じた結婚式の意味

コロナ禍では、結婚式を予定していた多くの人が判断に迷う状況が続きました。

延期や中止を検討せざるを得ない人が相次ぎ、結婚式を開くこと自体に厳しい視線が向けられることもあったそうです。岸本さんのもとにも、結婚式を行うことを問題視するような声が届いたといいます。

しかし、そうした中で最も傷ついていたのは、結婚式を控えていた新郎新婦たちでした。

だからこそ岸本さんたちが大切にしたのは、「今すぐできなくても、できる時が来たら必ず一緒に実現する」という姿勢だったそうです。無理に進めるのではなく、気持ちに寄り添いながら、その人たちにとって納得できる形を一緒に探していく。そうやって信頼関係を築いていくことが何より大切だったと振り返ります。

実際に、何度も延期を重ねた末に結婚式を挙げた人もいたそうです。中には、延期を繰り返すうちに子どもが生まれ、家族が増えた状態で当日を迎えた人もいたのだとか。

思い通りにいかない状況の中でも、節目を迎えたいという気持ちは消えなかった。コロナ禍は、岸本さんにとって、結婚式が持つ意味を改めて強く実感する時間にもなったようです。

結婚式は人生の節目 これからも必要とされるもの

新郎新婦と「夫婦の理念」(岸本さんより提供)

結婚の形やパートナーシップのあり方が多様化する今、ウェディング業界も大きな変化の中にあります。人口減少に加え、結婚式そのものを選ばない人も増えており、業界としては厳しい状況が続いていると岸本さんはいいます。

それでも、結婚式の意味そのものがなくなることはないと感じているそうです。

岸本さんは、結婚式を卒業式や入学式と同じ“節目”のひとつだと捉えています。過去と未来をつなぎ、自分の人生がここで切り替わったのだと実感するための時間。形は変わっても、そうした役割を持つセレモニーはこれからも必要とされるはずだと話します。

一方で、これまでの“結婚式らしさ”にとらわれたままでは、今の時代の価値観に寄り添えないとも感じているそうです。費用の問題、価値観の違い、形式への違和感など、結婚式を選ばない理由はさまざま。だからこそ、その理由を単に解消するのではなく、「こういう形なら自分たちらしい」と思える選択肢を増やしていく必要があると考えています。

「どんな形であっても、その人たちらしい選択ができることが大事だと思っています」

創業者である母親から受け継いだ会社を守りながら、自らも変化を重ねてきた岸本さん。
その歩みの先にあるのは、結婚式を通して“その日”だけでなく、“その先の人生”にも寄り添う仕事でした。

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