私たちの日常において、駅のホームで整然と列を作ったり、公共の場では声を潜めたりすることは、ごく当たり前のマナーとして根付いています。
しかし、この日本特有の秩序は、海外から訪れる人々にとって、時に信じられないほどの衝撃や深い感動を与える特別な文化であることをご存知でしょうか。
今回、20代から60代の日本人を対象に「海外に誇りたい日本文化」についてのアンケートを実施したところ、興味深い結果が得られました。
日本人が最も誇りに思うのは「公共の場でのマナー・秩序」
アンケートの結果、数ある魅力的な日本文化の中で堂々の第1位に輝いたのは「公共の場でのマナー・秩序(24.0%)」でした。
【アンケート回答者の声】
「皆が公共の場ではマナーを守り、他人に迷惑をかけないようにしている。綺麗な電車やバスも、その秩序の結果だと思うし、誇らしさを感じます」(40代・女性)
「飲食店で食器を自ら片付けたり、ゴミを持ち帰ったりする行動。日本人で片付けずに帰る人をまだ見たことがないし、これぞ日本!って感じですね」(30代・男性)
これに続く第2位も「衛生環境・清潔さ(22.0%)」となっており、日本人の多くが「社会全体の美しさや規律」を世界に誇れる強みだと感じていることがわかります。では、実際に日本を訪れた外国人の方々は、私たちのこの「誇り」をどのように体験し、何を感じているのでしょうか。過去の取材から、2人の印象的なエピソードを改めてご紹介します。
「車が必ず止まってくれる!」トルコ人大学生が驚いた、道路上の信頼関係
トルコ出身の大学生、ケマルさん(仮名)が来日して間もない頃、最も衝撃を受けたのは「日本の道路」でした。
ケマルさんの母国では、交通の主体はあくまで「車」。歩行者が道を渡るには、車が途切れるのを待つか、自ら注意深く隙間を縫うように歩くのが一般的でした。しかし、日本の街角で彼は信じられない光景を目にします。
「人が歩いている時、たとえ少しの隙間があっても自動車が止まるんです。私の母国では、そんなことは考えられませんでした」
歩行者を見つけた瞬間にドライバーがスムーズにブレーキを踏む。その当たり前のような動作が、ケマルさんにとっては驚天動地の出来事だったのです。
この経験は、単に「交通ルールが守られている」という理解を超え、日本という国そのものへの印象を大きく変えました。
「歩行者が最優先されるこの国は、とても安全だと感じました。ドライバーの方々が常に周囲に気を配ってくれている。その思いやりのおかげで、異国の地でも安心して道を歩くことができるんです」
私たちが教習所で習い、日常的に守っている「歩行者優先」というマナー。それはケマルさんにとって、日本で安心して生活するための「世界一の交通環境」という最高のギフトになっていたのです。
「音が吸い込まれるような静寂」フィリピン人女性が感じた、静けさの正体
フィリピン出身のマリアさん(仮名)が3年前、成田空港に降り立った瞬間に感じたのは、耳を疑うほどの「静けさ」でした。
「マニラはいつも活気に溢れ、車の音や人々の話し声が絶えません。だから、空港から出た時の、まるで音が吸い込まれるような静けさには本当にびっくりしました。多くの人がいるはずなのに、皆落ち着いていて……」
スーツケースを引く音だけが小さく響くロビー、整然と並んだタクシー。マリアさんは最初、その静かさに少しだけ寂しさを感じたといいます。賑やかさこそが元気の証である文化から来た彼女にとって、日本の静寂は「冷たさ」に近いものに映ったのかもしれません。
しかし、電車に乗ったり街を歩いたりするうちに、彼女の考えは180度変わりました。
「その静けさは、人々がお互いを尊重し、公共の場を大切にする気持ちの表れなんだと気づきました。他人の邪魔をしない、ゴミを落とさない。日本はただ便利なだけでなく、人々の『心の豊かさ』や『社会の調和』が大切にされている国なんです」
マリアさんはさらに、この「秩序」の裏にある日本人の温かさを知る出来事に遭遇します。一人暮らしの彼女が日本で高熱を出した際、アルバイト先の女性店長がわざわざ家まで様子を見に来てくれたのです。
「冷たいタオルやスポーツドリンク、おかゆまで買ってきてくれて……『無理しないでゆっくり休んで』という言葉に、涙が止まりませんでした」
公共の場での秩序を守る一方で、目の前で困っている人には手を差し伸べる。マリアさんは、「秩序」と「思いやり」は地続きであることを、自身の体験を通して実感してくれました。
マナーとは、見知らぬ誰かへの「おもてなし」
アンケートで日本人が1位に選んだ「公共のマナーと秩序」。
今回ご紹介したケマルさんやマリアさんの体験から見えてくるのは、私たちが日常的に守っている小さな振る舞いが、訪れる人々に「安全」や「尊厳」を与えているという事実です。
「誰かに迷惑をかけない」というマナーの正体は、実は「誰かを大切にする」というおもてなしの心そのものでした。
あなたが今日、駅で並んだその数分間や、信号で止まったその一瞬。それは、どこかの誰かが「日本はなんて素晴らしい国なんだ」と感じるきっかけになっているかもしれません。
