妊娠や出産は当たり前のように思われがちですが、決してそうではありません。
@nipemado.1997さんは出産時、母子ともに危険な状態となりました。仮死状態で生まれた息子さんは、脳に麻痺が残り「寝たきりの可能性がある」と医師から告げられます。
それでもリハビリを重ね、2年後には歩行器を使って歩くまでに成長。その過程や思いを聞きました。
母子ともに危険な状態だった出産
妊娠中、@nipemado.1997さんは特に問題なく過ごしていました。2024年1月21日、陣痛が来たため病院へ向かい、到着後は陣痛の間隔が短くなったことから陣痛室へ移動します。
しかし、子宮口がなかなか開かない中で早期破水し、母子感染予防のため抗生剤が投与されました。ところが、予測し得なかった抗生剤へのアナフィラキシーショックを急遽発症。現場の迅速な救命処置(コードブルー)により、緊急帝王切開での出産となりました。
産後、意識が戻ったときに目に入ったのは、隣で挿管されている息子さんの姿。非常に危険な状況だったと感じたといいます。
告げられた現実と、夫婦それぞれの受け止め方
重症新生児仮死状態で生まれてきた息子さんは、別の大きな病院に搬送されます。NICUで病状が落ち着いたころに、息子さんのMRIを撮影し、@nipemado.1997さん夫婦で結果を聞くことになりました。
主治医はパソコンで画像を見せながら説明しました。医療従事者である@nipemado.1997さんは、本来あるはずの脳のシワが見られず、黒く抜けて見える部分があることに気づき、強い不安を感じたといいます。
その後「寝たきりになる可能性があることや、手足が自由に動かせない可能性があること、最悪の状況も想定しておいてほしい」と告げられ「一気に暗闇の中に放り込まれたような感覚だった」と振り返ります。
その日の面会では抱っこすることもできず、将来への不安から言葉をかけることもできなかったそうです。帰り道の車内でも、夫婦ともに何を話せばよいのかわからず、言葉が見つからない時間が続きました。

息子さんが脳性麻痺で、寝たきりの可能性があると告げられたとき、医療従事者である@nipemado.1997さんと会社員の旦那さんとでは、現実の受け止め方に違いがあったといいます。そのため、夫婦で同じ方向を向くまでには時間がかかりました。
それでも「命がけで生まれてきた子どもだからこそ、できることを2人で一緒にやっていこう」という思いは、共通していたそうです。

涙あふれた“はじめの一歩”
息子さんは生後8ヶ月のときにてんかん発作がありましたが、薬でコントロールできるようになり、現在も体重に合わせて調整を続けています。
成長面では、寝返りは途中までできるものの体幹が弱く、支えがないと座ることは難しい状況です。一方で、名前を呼ぶと「あーーい!!」と応えたり、喃語が増えたりするなど喜怒哀楽も豊かになり、日々その笑顔に癒やされています。

息子さんは2025年9月から、歩行器を使った歩行練習を始めました。
初めて立つことができた日、これまで想像もできなかった姿に、思わず涙があふれた@nipemado.1997さん。歩くことは夢のように感じていたものの、練習を重ねる中で、足を一歩前に踏み出す姿が見られるようになりました。
「前に踏み出した瞬間は、感動で言葉が出ず、ただただ嬉しくて泣いていました」と振り返ります。

一方で旦那さんは、生まれる前からお腹に向かって「パパと走ろうなー!」と、声をかけていました。歩くことをずっと諦めなかった旦那さんは「やっぱり俺の子どもだ!絶対一緒にマラソン大会に出ような!息子と大会出るぞー!」と、意気込んでいたそうです。
小さな成長を重ねながら
@nipemado.1997さんは、寝たきりを覚悟しながらの育児でしたが、息子さんにはできることが少しずつ増えていきました。今後については、息子さんの可能性を信じ「補助具なしで歩けるようになるまで並走したい」という家族ならではの願いがあります。
また、SNSでは息子さんの様子を発信しており、子育ての経験や思いを通して、同じ境遇の人たちに希望を届けたいと考えています。さらに、障がいのある子どもたちの存在を、より身近に感じてもらえるような発信も続けていきたいと語ります。
「これからも私たちらしく笑い合いながら、小さな成長を感じて過ごしていきたいです」と話していました。

初めて一人で歩けた日の投稿には「いい表情」「ご両親の嬉しさが、伝わって来ます」などのコメントが寄せられていました。息子さんの表情からも「歩くのが楽しい!」という気持ちが伝わってきます。
@nipemado.1997さん夫婦は、息子さんの可能性を信じながら歩みを重ねてきました。その積み重ねが、今の成長へとつながっているのかもしれません。

