消防士が作るまかないのご飯。かつては全国の消防署で24時間勤務の際の夕食、朝食として作られていましたが、出前・宅配店の増加など周辺環境の変化に伴って、都市部を中心に姿を消しつつあります。この「消防めし」を今も続けているだけでなく、食のイベントを開催するなどして、地域とつながるきっかけにしようと取り組んでいるのが、岡山県真庭市の消防です。

若手が担当 食べてみてのお楽しみ

夕食の調理風景(真庭消防署)

中山間地域に位置する真庭市の消防は、周辺に出前を頼める店がない分署もあることなどから、今もまかない飯を続けています。料理は若手2~3人が毎日交代で担当。メニューは肉系を中心にさまざまで、ボリュームたっぷりです。作り方や味付けに特にしきたりはなく、その日の担当の好みに任せられているそうです。

取材に訪れた日に作っていたのは牛丼だった

ユニークなネーミングで反響

真庭市消防は、この「消防めし」を使って過去2回、「消防士の台所in真庭」という食のイベントを開催しました。管内4つの消防署で人気のメニューをピックアップ。「燃え燃えファイヤーオムライス」「情熱ソース焼きそば」など、ユニークなメニュー名をつけて告知したところ、県内外から反響があり、たくさんの人が訪れました。

第2回(2019年11月)のチラシ。ユニークなメニュー名が目を引く。

燃え燃えファイヤーオムライス。食べるときはケチャップを崩して(消火して)食べるそう。

イベント当日の調理はもちろん、接客もレジ打ちも全て消防士が担当。2回目(2019年11月)のときは、倉敷市や津山市など周辺の消防本部とも協力して、防災訓練体験ブースや展示ブースを出すなど、防災啓発にも力を入れました。

「情熱ソース焼きそば」を作る消防士

体験コーナーはたくさんの子どもたちでにぎわった

地域とのつながりを

このイベントを仕掛けたのが、真庭市消防本部総務課の黒田茂樹さん。企画立案からメニューの名づけまで、ほぼ全てをセルフプロデュースしました。きっかけは2018年の西日本豪雨の際に、市民との情報共有に時間がかかり、普段からつながりを持っておく必要性を感じたことでした。

「地域とのコミュニケーションが必要だなということで、何かできないかなと考えたときに、食のイベントだったら身近に感じてもらえますし、顔の見える関係が作れるかなと思って。消防に親しみを持ってもらおうというところからスタートしました」

真庭市消防本部総務課 黒田茂樹さん

しかし、消防士のまかない飯を食べてもらうという前例のないイベント。食事を提供するという点で、保健所との調整は難航しました。また、「こんなの消防の仕事じゃない」という署内からの反対意見もありました。しかし黒田さんは、絶対に実現するべきイベントだと確信していました。

「『市民との交流が最大の防災対策』だという、ここは絶対そうだと思っていたので。それをするためには何が必要かということを考えたら、今まで通りの一方通行の広報じゃなくて、双方向的なコミュニケーションだと」

1995年、阪神淡路大震災の発生時に京都で大学生活を送っていたという黒田さん。災害を恐ろしさを近くで感じたことで、地元真庭に戻って消防の道を志すことを決めたそうです。このイベントにも、まずは楽しんでもらい、消防を身近に感じてもらうことで、結果的に防災についても考えてもらいたいという、災害対策への思いが詰まっていたのです。

防災への思いは、黒田さんが消防を目指したきっかけでもある。

「消防めし」で地域を笑顔に

イベントが成功したことで、「消防めし」企画はさらなる広がりを見せます。防災だけでなく、食育やフードロス削減の啓発にもつなげようと、管理栄養士が考案したメニューを消防士と一緒に作る、「消防士の料理教室」を開催しました。

消防士の料理教室(2019年6月)

また、コロナ禍でイベント実施が難しくなった2020年からは、YouTubeに活動の場を移し、料理教室を継続させています。もちろん出演から編集まで、全て消防士の手作りです。

YouTube動画の1コマ。消防士らしい豪快な一面も垣間見える。

地道に続けることによって、現場の消防隊員が市民から声をかけられたり、署内から企画についてのアイデアが出てきたりするなど、消防署の内外で、徐々に活動が浸透してきているといいます。黒田さんは、「消防めし」が全国の消防署からなくなっていくからこそ、真庭ならではの強みにできるのではないかと考えています。

「市民の皆さんが喜んでくれるというか、笑顔でいられることがその町は平和で安心安全な証明でもあると僕は思っているので、そういった笑顔になっていただけるような企画を(今後も)考えていきたいなと思っています」

「消防士の台所」も、感染防止対策を講じながら実施できないか画策中だという。

こう話す黒田さん、主な担当業務はなんと経理。「職員って全員が広報マンだと思うんで」と笑顔を見せてくれました。

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