「出産後の半年間は大変すぎて記憶がすっぽり抜けているわ」筆者が、出産を経験した友人から必ずといっていいほど聞いた言葉です。私も実際に出産してみてわかりました。本当に、壮絶でした。特に出産後1か月は自宅にこもりきりで、赤ちゃんと1対1の日々。1〜2時間ごとの授乳で、朝と夜との区別もつかなくなりました。気づけば何か月も大人と会話をしていないという状態に。

そんな出産直後のいわゆる「超孤独」な母子を支える活動を行う人たちが、岡山県津山市にいます。「かたつむり助産院」を営む澁谷奈津美さん、過疎化が進むエリアでの持続可能な暮らしを支援するNPO法人「みんなの集落研究所」職員の堤尚子さんです。「HELLO BABY PROJECT」(以下ハローベイビー)として2020年4月から活動を開始し、1年になります。

活動内容は大きく3つ。1)出産直後のお母さんに地域食堂のお弁当を配達するサービス、2)公式LINEでの無料子育て相談、3)お母さんお父さん同士がざっくばらんに子育ての不安や悩みを話し合う子育て相談会などのイベント開催です。

堤さんは、フルタイムで働く傍ら、4歳と1歳の子を育てています。澁谷さんも、2人の子を育てています。自身の仕事や子育てのことだけでも忙しいはずなのに、なぜこの活動を始めたのか、2人に話を聞きました。

私がこんなに大変なのだから、他にも困っているお母さんがいるはず

「第1子の出産直後、子育てのことを全然知らなくてどうしていいのかわからなかったんですよ。おむつ交換、抱っこ、寝かしつけなど、全てが初めてで、毎日が大変すぎて衝撃でした。出産がゴールと思っていましたがそうじゃなかった。出産後数か月は、自宅にこもって赤ちゃんと1対1で、母乳をあげておむつを変えて……の繰り返し、とても孤独でした」と話す堤さん。

そんな時、たまたま「こんにちは赤ちゃん訪問」(※厚労省の「乳児家庭全戸訪問事業」) で堤さんの家に訪問したのが、助産師の澁谷さんでした。抱えていた悩みに丁寧に寄り添う姿勢と、的確でわかりやすいアドバイスにとても救われたと堤さんは言います。その後、澁谷さんに何度も自宅に来てもらう中で「自分がこんなに大変なのだから、周りにも社会から孤立して困っているお母さんがたくさんいるはず。不安なお母さんを早くキャッチして助けたい!」という思いを打ち明けたところ、すっかり意気投合しました。

一方の澁谷さんも、助産院を開業するも悶々とする日々を送っていました。「堤さんと出会ったのは助産院を開業して3年目くらいの頃。夫の実家のある岡山にUターンし、『かたつむり助産院』を開業しましたが、待っているだけだと誰も来てくれない。自分から行かないとお母さんに会えないというジレンマを抱えていました。地域でお母さんと繋がるためにはどうすればいいのかと模索していたところ、“地域を支援するNPOの職員”だという堤さんと出会い、この人となら何かできるかも、と直感しました」

そもそも、なぜ澁谷さんは助産院を開業したのでしょうか?
宮崎県出身の澁谷さんは、進学した看護大学で、東京で助産師をしていたという1人の先生と出会います。海外の助産ケアに精通し、「女性が主体的に産む」という考え方を先生から学びました。「助産師たるもの黒子であれ、主役はお母さんと赤ちゃんなのだから、と言われて育ちました」

社会人になり病院勤務を始めて、受けた教育が当たり前ではなかったことに気づきます。病院での助産ケアは自分には合わないと感じ、関東の助産院で働きながら、自分でさまざまな講座に出かけたり、先輩助産師をロールモデルにしたりしながら、いつか開業して助産院を開くことが目標でした。

「子育てをして、出産はゴールではなく、始まりだということに気づいたんです。でも、世の中には出産後のサポートがすごく少ない。妊娠・出産を知っている助産師だからこそできる産後ケアがあると思っています」

弁当配達サービスは、こうして生まれた

思いで繋がった澁谷さんと堤さん。まず最初に考えついたのが、弁当配達でした。

第1子出産前から堤さんが通っていた食堂は、70代のおばあちゃんたちが営み、郷土料理を中心に身体に優しいメニューを提供していました。ここでの食事と人とのおしゃべりが堤さんの心と身体を癒していました。そんな経験から、「出産後、社会から孤立しているお母さんと接点を持つためには、お昼の弁当配達しかない!」とアイデアを膨らませました。フルタイムの仕事が忙しくなかなか具体的な行動を起こせませんでしたが、第2子の産休中に、「このタイミングしかない!」と思い立ち、助成金についての勉強会を自ら企画して、財団の助成金を得ることができました。

弁当は、市内の3つの食堂に協力してもらい、「母乳が出やすい」ようにと考えられた、手作りのご飯大盛り弁当です。500円〜600円と値段も手頃で、配達料はもらっていないといいます。

授乳中のママに嬉しい、ご飯大盛り弁当

申し込みは、「インターホンを鳴らすと寝ている赤ちゃんを起こしてしまうから」とLINEで受けつけ、出発時と到着時にもLINEで連絡、玄関先まで堤さんや澁谷さんが手分けして届けます。

筆者が同行時に宅配したのは、生後10か月の子どもを母乳で育てながら、ほぼ毎日お弁当を注文している母親でした。

堤さんは、最初にお弁当を渡さず、できるだけ母親と長い時間話ができるよう、最後に渡すよう心がけています。「赤ちゃんを抱っこしているから荷物になるし、お弁当を受け取ったらそこで用事が終わって中に戻らないといけなくなる。孤独な日々の中で、少しでも誰かと話す時間をつくってあげたい」母親の立場に寄り添う細やかな心遣いは、育児経験者ならではです。

1人で育児を頑張るママに弁当を配達。

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