昼休み中…同僚「また1人でご飯食べてる(笑)」私「その言い方嫌です」勇気を振り絞って伝えた結果、返ってきた言葉とは

昼休み中…同僚「また1人でご飯食べてる(笑)」私「その言い方嫌です」勇気を振り絞って伝えた結果、返ってきた言葉とは

InstagramやTikTokで、人間関係や夫婦・パートナーシップ、会話の距離感をテーマに、漫画と文章を発信しているB.B軍曹(@b.bgunso@b_bgunso)さん。

B.B軍曹さんの作品が扱っているのは、大きなトラブルや分かりやすい衝突ではありません。

その場では飲み込んでしまった言葉。
「気にしすぎかな」と自分の中で処理してしまった違和感。

そうした感情を、強い言葉で切り取りながらも、
意味を言い切らず、「どう受け取るか」は読み手に委ねる。
その余白こそが、創作全体に通じる特徴です。

今回紹介する投稿も、一見すると些細なやりとりから始まります。

病院勤務時代、昼休みの何気ない一言

舞台は、B.B軍曹さんが病院で勤務していた頃。
昼休み、1人で食事をしていると、同僚からこんな言葉をかけられることがありました。

「また1人で食べてるのか〜」
「ほぼ毎日じゃん」

軽い雑談のような、深い意味はなさそうな言葉。
けれど、それが何度も重なるうちに、B.B軍曹さんの中には、少しずつ引っかかりが溜まっていきます。

「嫌だ」と伝えたのに返ってきた言葉

あるとき、B.B軍曹さんは勇気を出して、その同僚にこう伝えます。

「その言い方、ちょっと嫌です」

返ってきたのは、謝罪ではありませんでした。

「え?これくらいで嫌なの?」
「俺は平気だけど」

相手に悪気がないことは分かる。
冗談のつもりだったことも、理解できる。

それでも、この返答は、B.B軍曹さんの気持ちを受け取るものではありませんでした。

「自分は嫌じゃないから」は基準にならない

このやりとりが浮かび上がらせているのは、
とてもシンプルなすれ違いです。

自分は平気。悪意はない。
好意のつもりだった。

それらはすべて「自分側の事情」であって、相手が「嫌だ」と感じた事実を消す理由にはなりません。

このときB.B軍曹さんは、「嫌だと伝えたのに、通じなかった」という感覚を、はっきりと自覚したといいます。

帰宅後、夫との会話で気づいたこと

その後、家に帰ってから、B.B軍曹さんはこの出来事を夫に話します。

「私が嫌だって言ってるのに、『俺は平気だけど』って返されてさ」

すると夫は、感情をなだめるでも、相手を断罪するでもなく、こんなふうに返しました。

「それってさ、
自分がどう思うかより、
相手がどう感じたかが大事な話だよね」

その一言で、B.B軍曹さんの中にあった言葉にならなかった違和感が、静かに整理されていきました。

同じことをしてくる相手と、もう一度向き合う

後日、再び同じような言葉を投げかけてきた同僚に対して、B.B軍曹さんは、前とは少し違う伝え方をします。

「自分が平気かどうかじゃなくて、私が嫌だって言ってること自体を、尊重してほしい」

それは、相手を攻撃する言葉ではなく、判断の基準を本来あるべき場所に戻すための言葉でした。

この投稿が伝えていること

この作品が伝えているのは、
「嫌だと言えなかった人を責める話」でも、
「誰かを悪者にする話」でもありません。

・自分は嫌じゃないから
・悪気はなかったから
・これくらい普通だから

そうした言葉によって、
相手の感覚が後回しにされてしまう場面は、
日常のなかに数多くあります。

だからこそ、この投稿はこう問いかけます。

思いやりは、自己基準ではなく、相手基準で成り立つものではないか、と。

「自分は平気だけど」という言葉は、
無意識のうちに、相手の感じ方を見えなくしてしまうことがあります。

B.B軍曹さんは、SNSでの発信をもとに、『全てのネガティブをプラスに変える夫 髭の 「人生満点じゃなくてもはなまるだ 編」「NGと書いてナイスガイと読む 編」「さては人生3周目だな 編」』3冊の書籍を刊行しています。

B.B軍曹さんの作品は、誰かを裁くためのものではありません。

同じ場面にもう一度立ったとき、自分や相手を守るための“基準”を、そっと手渡してくれる。

そんな創作姿勢が、この投稿にもはっきりと表れていました。

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