ティラノサウルスの着ぐるみ120体が香川県の海岸線を疾走する。観客も参加者も思わず笑ってしまうイベント「ティラノサウルスレースin有明浜」が2023年11月3日、再び香川県観音寺市の有明浜で開催される。今回は、不登校を経験した高校生がスタッフとして活躍。「不登校の人にも社会との接点を作りたい。多くの人を笑顔にしたい」と奮闘している。

SNSの発信を担当

松坂さんはティラノサウルスの着ぐるみを着てストリートピアノを演奏。イベントPRの一環だ(提供)

「高松市の瓦町駅にあるストリートピアノを弾いてきたガオ」。ティラノサウルスの着ぐるみ姿でピアノを弾いている様子が、実行委員会のSNSで発信された。今回からスタッフに加わった高松市内の高校3年生、松坂華那さんの投稿だ。得意のピアノを生かして、イベントのPRに一役買った。

「できることを自分から提案してくれるので、とても頼もしいです。聡明な高校生だと思う場面も多く、頼りにしています」と、主催者の川口幸穂さんが笑顔を見せた。

ティラノサウルスレースin有明浜は、小児科医の川口さんが長期入院している子どもたちを励まそうと2022年に初めて開催。2023年も9月に参加者を募ると、1週間ほどで定員に達した。今回も120体のティラノサウルスの着ぐるみが、海岸を88メートル走する。

イベント当日は、ティラノサウルスの集団が準備運動する姿や10体ごとに疾走するレースを見学できる。「ただただ、着ぐるみが走るというだけのレースですが、昨年は1000人の観客が集まってくれて大盛況でした」と川口さん。

ティラノサウルスレースin有明浜を主催する川口さん(右)とスタッフの松坂さん

今回は、川口さんが「不登校の子どもたちを元気づけたい」という願いを抱き、松坂さんをスタッフに採用した。知人の紹介で7月に川口さんと松坂さんが顔合わせすると、2人は意気投合。松坂さんがSNSの発信を担当することになった。

「レースのことはテレビで見て知っていました。新しいことに挑戦することが好きなので、スタッフをやってみたいと思いました」と松坂さんが振り返った。

川口さんは「一本のレールしかないゆえに社会の生きづらさがある日本で、学校以外で活躍できる子どもたちに社会との接点をもたらしたいと思いました」と話した。

レースの特別招待枠には、「3カ月以上の不登校経験がある子ども」という枠組みを新設。「3カ月以上の長期入院を経験した子どもと家族」と合わせて募集中だ。

「プテラノうどん」のキャラ発案

松坂さんのSNS発信を覗いた。イベントPRのために、観音寺市内の観光スポットなどをティラノサウルスの姿で訪れて、短い文章を添えて発信している。文末は親しみやすく、「ガオ」でまとめる。松坂さんの発信は、川口さんが修正しなくても内容がまとまっており、安心して任せられるという。

香川県観音寺市の豊稔池堰堤にたたずむティラノサウルス。SNSでは足を運んでほしい観光スポットも紹介している(提供)

さらに、松坂さんの活躍が思いがけず広がった。オリジナルキャラクター「プテラノうどん」を発案し、トートバッグと缶バッチが発売されることに。

松坂さんは「スタッフの会議で、大会グッズを販売するという話を聞いて、『イラストを描けるので、やります』と申し出ました」と話した。

松坂さんがイラストをデザインしたトートバッグ(提供)

他のスタッフと対話しながら、イラストをブラッシュアップ。うどんを食べているとも、うどんの中に浮かんでいるとも見えるキュートなキャラクターが完成した。

イベント運営資金の調達も工夫している。今回は協賛金に協力してくれた人に、AIで描いた恐竜のイラストをプレゼントする試みも始めた。協賛金が1万円以上の場合は、その人物や団体のオリジナル恐竜をデザインし、カードを作って渡している。

「新しいことにも挑戦して、盛り上げていきたいと思っています」と川口さん。オリジナルキャラが松坂さんから誕生したことも「自分からできることを提案してくれたことが、嬉しかったです」と話した。

「スタッフの仕事は楽しい」

スタッフの仕事について松坂さんに聞くと、「すごく楽しい。知らないことを知っていく過程が好きなので、ティラノサウルスの撮影などで初めての場所に行けることを楽しんでいます」と笑顔を見せた。

そんな松坂さんだが、中学生の頃は1年生の冬から卒業するまで不登校を経験。対人関係に苦手意識があり、不登校の原因にもなったという。

しかし、現在通っている通信制高校に出合って、「自分を隠さず、自由に生きてもいいんだ」と思えるようになった。今は毎日を楽しんでいる。

もともと、長期入院の子どもたちを励まそうという川口さんの思いで始まったティラノサウルスレース。不登校も子どもが苦しんでいるという意味では同じだ。2023年の大会コンセプトは「子どもを笑顔に、ハッピーに!」と設定している。

10体が一斉にレースして1位のみが決勝に進出する仕組み(提供)

「不登校の子どもたちも、外に出て走ってみたら、きっと楽しいと思います。ティラノサウルスの着ぐるみを着れば、顔も見えません。笑顔になるために、走りに来てくれたら嬉しいです」。川口さんからのメッセージだ。

松坂さんも「不登校を経験した私がスタッフとして受け入れてもらっているので、不登校の人たちも安心してイベントに来てもらえると思います。ぜひ、遊びに来てください」と話していた。

少しずつ進化しているティラノサウルスレース。11月3日は有明浜で多くの笑顔が見られそうだ。

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