東京都豊島区にある、真っ白なプレゼント箱のようなヘアサロン『LIBELLULE(リベリュール)』から半身を出して迎え入れてくれたのは、全身美容家と呼べるほどの抜かりなさが印象的な、オーナーで美容師の名村武彦さんです。

「『人は見た目が9割』という本が流行りましたね。僕は、人は見た目が10割だと思っています」といってのける真意と独自の美意識について、名村さんに話を聞きました。

『LIBELLULE』外観(名村さん提供)

内面も外見も大切という価値観

名村さんは「僕のやっていることを過大評価して書かないでくださいね」と念を押しますが、内訳を聞く限り、プライベートの時間の多くを情報収集と勉強に費やしています。

「サービス業の極み」というディズニーランドに関する書籍を読みあさり、「一流を知るために」と足を運ぶのは高級レストランであり、老舗デパート、美術館でもあります。出勤前にはテレビのニュースのチェックも欠かさない。情報の収集と、人気アナウンサーの話術の研究を兼ねているといいます。

吸収したいのは「本物の情報」と「本当に美しいもの」。名村さんは内面のインプットにもたくさんの時間を費やしています。

(名村さん提供)

そして、外見の充実にはさらに余念がなく、慎重です。

「(容姿の)歳を重ねないと覚悟を決めました」という名村さんは、お客さんから「たけ美」と呼ばれることもあるほどの美容マニアで、「お肌と髪はほんとうに大切にしています」。

1日5回の保湿対策は怠らないとのこと。また、自分のスタイルを最大限、魅力的に見せるための服選びも。現状維持は退化、常に進化の美容業界の熾烈さが窺えます。

素敵な大人が増えたら、世の中はきっともっと楽しい

名村さんが施術した30代の客の髪。「髪で印象はがらりと変わる」という。(名村さん提供)

名村さんは「もっと素敵な大人が増えて欲しいと感じています」とつぶやきます。名村さんにとって、素敵な大人とはどのような人のことなのでしょうか。

「正しい情報を選択できること、よいサービス、よい商品にこそ、見合った対価を支払える価値観、SNSの使い方を間違えていないことが大人の要素だと思います」

美容業界周辺の情報は玉石混淆、フェイクも多いといいます。正しくないヘアケアでボロボロになった髪で、名村さんの美容室に駆け込む「美容室ジプシー」はとても多いとか。

経験と知識を詰め込んだシャンプーの開発も(名村さん提供)

「僕は研究員さんとのセッションで知り得た髪にとっての正しい情報をYouTubeで発信しています。動画を見て僕のところに来てくれた人は数えられません」

名村さんが頻繁に口にする『正しい情報』とは、キャッチコピーに踊らされて選択する情報や商品ではなく、科学に基づく確かな情報を指しています。目指しているのは、「正しい情報、技術が正当に評価され、相応の対価が支払われるようになる」こと。

「美容師の単価を上げたい。そうすることで、良質な美容師がイキイキと育っていく土壌(環境)が出来上がってくると思います」

名村さんが開発中のシャンプーで変わった50代の客の髪(名村さん提供)

悪しき風習は変えたい。そして本物の技術は次世代へ

「前の世代で苦労した人は『自分と同じことを味わえ』『自分と同じ思いをしろ』と強いることが多かった。それは時代錯誤です。時代は変わるべきだし、僕は自分がした苦労を次世代にさせようと思わない。そういう部分を変えていこうという意識をもっています」

名村さんの下積み時代、一部の美容業界では、いわゆるブラックな働き方がまかり通っていたといいます。施術、サービスの代金、単価が安いために、たくさんのお客さんを接客しなくてはいけない、そのような働き方で精神的にも肉体的にもすり減るものが多い。「そんな業界を変えたいと思った」という名村さん。

(名村さん提供)

「まずは、お客さん自身が、何が正しいのか、何が本当に美しいのか、見極められる審美眼を磨きましょうよ、と。それが大人ですよね。大人が本物の美しさを手に入れるというのはそういうことだと思っています」

名村さんのYouTubeチャンネル『大人のヘアケアCHANNEL』というシンプルな名前には、そのような意味が込められているそうです。

まずは自分を大切にすることで、人は幸せになれる

「まず、自分を大切にすることですよね。自分を大事にするということはどういうことか。SNSで攻撃性をむき出しにしないことも大事。発言の前に一回考えてみましょうよ、と。精神の充実、内面の成熟は必ず見た目に出ますから」

内面は見た目に出る、だから「人は見た目が10割」というのが、名村さんの発言の真意なのです。

(名村さん提供)

「生まれつき癖毛だった」という名村少年。中学生の頃にはヘアアイロンを使い、自身が理想とするストレートヘアにするために毎日1時間かけていたといいます。

母親に「ナルシスト」といわれながらも、髪に情熱をもっていました。その後、名村少年は、「縮毛矯正」という技術に出会い、感動。世界がワンランク、ステップアップしました。

そして、今。2年以上、新規客の受付は停止中。施術を受けるのが難しいほどの美容師になりました。

『LIBELLULE』外観(名村さん提供)

未来の大人たちには本物の技術と、素敵な日本をプレゼントしたい。次世代たちが目を輝かせて「サービス業に就きたい」と思える未来のために変えていく。笑顔にわずかに少年性を残した美容家の革命は始まっています。

この記事の写真一覧はこちら