2020年10月31日(土)〜11月8日(日)までの9日間、香川県三豊市仁尾町(みとよしにおちょう)の海岸、父母ヶ浜で「父母ヶ浜芸術祭vol.0」(主催:父母ヶ浜芸術祭ちえんなあれ)が開催された。

全体の概要については、11月4日発信の本欄記事『日本のウユニ塩湖…で音楽・アート・食のイベントが満載!「人々の出会いを作って父母ヶ浜の未来をつなげる」実行委員に思いを聞いた』ほっとメーカー:溝端直毅)を参照してほしい。

ここでは、その中の食アート「一番大切なモノ」のパフォーマー、アーティストkou(コウ)さんを紹介したい。「アーティスト」にたどり着くまでの経緯はちょっと長いが、この説明なしではkouのアートは伝わらないだろう。

kouには肩書きがいっぱい

父母ヶ浜を背にkouこと浪越弘行さん

 本名は浪越弘行(なみこしひろゆき)さん。三豊市仁尾町出身。父母ヶ浜の美しい海岸、海を見渡せる絶景のカフェ「café de flets(カフェ ド フロ)」のオーナーだ。カフェは今、15年目に入っている。それがなぜアーティストに?

おそらく、浪越さんをよく知る人でも疑問に思った人は多いだろう。でも、浪越さんのここ数年の活動を見ると、アーティストkouは生まれるべくして誕生したのが理解できる。

「23歳でサラリーマンを辞めたあといくつかの飲食店に勤め、28歳で地元、三豊に帰って、カフェがなかったこの町に店を開きました。でも地域は何も変わらない。それで、2012年あたりから『地方創生』という分野に活動範囲を広げました」(浪越さん)。

カフェ・オーナーだけだったら生まれなかったkou

 仁尾に残る古い商家を再生するプロジェクトに入り、初めて飲食以外の世界で地域の課題や歴史、現状と向き合った。そこで気がついたのは、地域のことを何も知らなかった自分。中途半端にはできないと、カフェはほぼ休業状態で料理人を封印し、古民家再生・地域創生に全力で取り組んだ。

 結局、その事業は他に委ねることになったが、そのときの経験は十分に生かされている。再びカフェを再開し、新たに始めたのが月1回の「団らんキッチン」だった。世代や職業といった属性に関係なく、参加者で地域の食材を調理してみんなでいっしょに食べる。「団らんキッチン」には、一人暮らしや移住者、生産者などがリピートし、「いっしょに食べる」ことを通じて大家族のような温かさが生まれていた(現在は休止中)。

 また、そのころ塩づくりも始める。「仁尾が塩田で栄えた塩の町だった」ことに由来して、父母ヶ浜の海水を薪釜で煮詰めて作る塩。「THIRD RICH SALT(サード リッチ ソルト=三豊の塩)」と名付けた。「café de flets」の入口横に塩づくりの工房を構え、塩職人にもなったわけだ。

父母ヶ浜の海水を煮詰めて作った塩に、ボイセンベリーや三豊ナスなどの天然色素をつけたカラフルな塩

 さらに、この春からは薪火グリルを備えたゲストハウス「ku;bel(クーベル)」も開業。コロナ禍で静かな滑り出しだが、明らかにカフェとは違う、人が食を軸に集う「場」が生まれた。

ゲストハウスku;belのキッチンにて。後ろに見えるのが薪火調理器

 整理しよう。現在の浪越さんは「café de flets」とゲストハウス「ku;bel」のオーナーで、塩職人。さらに出張料理人でもある。そこに今回の父母ヶ浜芸術祭を機に誕生したのが、アーティストkouだ。

「正直、アートってよくわからなかったんです。うちのスタッフに専門的にアートを学んだ女性がいたのでレクチャーを受け、同時期に別の友人から福武財団の方を紹介してもらい、直島、豊島のアートにじっくり触れてきたのが今年の9月上旬。そのとき、まるでスイッチが入ったようにぼくの中で何かがパカっと割れましたね」。アーティストkouが生まれた瞬間だ。

「これっておいしいの?」五味+αが複雑に重なり合って生まれる「おいしい」

広々としたロケーションも最高のスパイス

この日の参加者は皆、素足だ

「アートの視点を意識していると、今までとはまったくイメージの違う料理が生まれたんです。

お腹を満たす、というのとは別の世界。これまで『まずいもの』を提供することなんてなかったけれど、アーティストとして提供する場合は『なんでまずいと感じるの?』『なんで今これなの?』と、考えてもらう。答えはひとりひとり違っていい。

ぼくは今、そんなふうに食のアートを理解しています」。

スープは伊吹いりこの出汁。周囲のネギと油のソース、ボイセンベリーの赤い塩を少しずつ混ぜていただく。沖に見える伊吹島を見ながら味わうからこそ、感じることがある。

 カフェとして、出張料理人として提供してきた「おいしさ」だけではないメッセージと、それぞれが「感じる」ということ。kouは確かにこれまで見てきた浪越さんとは違う、アートとしての食のとらえ方が確立したように見えた。

「そうはいっても、お腹も満たしてもらいたい、そういう料理人的サービス精神はやっぱり切り離せないんですよね(笑)」

メインはしょうゆ麹でマリネして64度の熱で8時間、ゆっくり熱を加えた讃玄豚

食に情報を添えると感じる世界が広がる

「国菌(こくきん)って知ってます?」(kou)。

 日本の花は桜、鳥はキジ。日本の菌も定められている。その菌は?

「麹菌です。日本の食文化を支える、日本酒やしょうゆ、味噌など発酵文化に欠かせない麹菌。ここから車で5分くらいのところに、かつて麹づくりがとても盛んだったという、室本(むろもと=観音寺市)という地名があります。そこには日本で唯一、麹を祀っている『皇太子(おおたいし)神社』という神社もあるんです」(kou)。

 そんなトークを聞きながら食べる、しょうゆ麹でマリネした三豊産の讃玄豚(さんげんとん)や、地元野菜の麹漬け。想像力が膨らむのはいうまでもない。

「一番大切なモノ」に答えはない。一人ひとりが感じてくれたらいい

今回の食アート「一番大切なモノ」に参加したみんなの感想はバラバラだ。

「いつも何かしながら食べることが多くて、食べることに集中していなかった。日々の暮らしの大切さを感じた」

「家族のことを思い浮かべた」

 おいしいだけ、お腹を満たすだけが食ではない。こんな風に、それぞれがそれぞれの感じ方をするのがアートの共通点なのだと気付かされた。

最後は皆思い思いに海を眺め空を眺め、何かを感じながら「アートを食べた」

アーティストkouが感じた「一番大切なモノ」は何だったのか。
「今日はみんな裸足になって父母ヶ浜を直に感じて、とても無邪気に食べてくれたような気がします。『大人が無邪気になること』それが、今日みなさんとの時間で感じた、ぼくの一番大切なモノです」。

 ここ数年、父母ヶ浜をランドマークに三豊地域には躍動感がある。アーティストkouは、5年後、10年後にこの地で何を伝え、感じさせてくれるのか。これからの展開が楽しみだ。

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