高齢者施設や病院といった医療・福祉の現場で、人間の体や精神の機能回復をサポートするセラピードッグ。東京都に拠点を置く国際セラピードッグ協会では、元々捨て犬で殺処分寸前だった犬を保護してセラピードッグとして育成しています。協会の創始者で音楽家の大木トオルさんは、45年にわたりセラピードッグの育成と殺処分ゼロの実現に向けて取り組んできました。

国際セラピードッグ協会の創始者で音楽家の大木トオルさん(写真提供:国際セラピードッグ協会)

セラピードッグの育成をライフワークに

大木さんは1976年に単身渡米し、ブルース歌手として活動していました。苦労の末に成功をつかみ取り、全米ツアーを行うほど人気が出てきたころ、周囲にライフワークを持つことを勧められたそうです。

「アメリカでは、人前に出て活動する人はとくに、社会貢献のためのライフワークをもつことが求められるんです。そこで、アメリカで初めてセラピードッグの存在を知ったこと、そして私自身子どもの頃から犬の存在に助けられてきたことから、セラピードッグの育成をライフワークにしようと決め、犬の育成を始めました。そして日本でもセラピードッグを広めるため、2002年に国際セラピードッグ協会を立ち上げたんです」

国際セラピードッグ協会には現在60頭あまりの犬がいて、その約半数が現役で活躍しています(写真提供:国際セラピードッグ協会)

「日本には動物のアウシュヴィッツがある」

ところがそんなとき、大木さんはアメリカで「あなたの国には動物のアウシュヴィッツがある。経済大国なのにそんなものがある日本を許せない」という厳しい非難を受けます。

「日本で行われている動物の殺処分を、ナチス-ドイツの強制収容所に例えたんですね。『アメリカで人前に出る仕事をしていて影響力があるのに、なぜ日本で殺処分を止める活動をしないのか』と言われました。それ以降、公演で日本を訪れるたびに各地にある捨て犬の係留施設を訪ねるようになりました」

係留施設から助け出した犬たち(写真提供:国際セラピードッグ協会)

名犬チロリとの出会い

大木さんのライフワークであるセラピードッグの育成と、日本の犬猫の殺処分の問題が重なったきっかけとなったのが、チロリとの出会いでした。

「千葉県の係留施設からチロリという犬を殺処分寸前で救い出して、その子をアメリカから連れてきたセラピードッグと一緒に育てたんです。チロリは非常に賢い子で、私が捨て犬からセラピードッグに育てた最初の犬になりました」

生んだばかりの子犬5頭と一緒に捨てられていたチロリ。セラピードッグとしての活躍をたたえられ多くの表彰状や感謝状を授与されましたが、2006年に推定16歳で亡くなりました(写真提供:国際セラピードッグ協会)

セラピードッグの育成を続ける一方で、動物愛護にも尽力してきた大木さん。動物愛護法は1973年に制定されてから4度の大きな改正がされていますが、そのたびに殺処分の禁止や動物虐待の厳罰化を求めてきました。

(写真提供:国際セラピードッグ協会)

「この法改正にはチロリが大きく貢献していると思っています。殺処分を待つだけだった捨て犬も、訓練すれば人間を助け、人間のために働けるようになるんです。そうなれば国や法律もその存在を認めるようになる。それをチロリが証明して見せてくれたんです」

人間に捨てられた犬をセラピードッグに

こうして、各地の係留施設からこれまでに300頭以上の犬を救い出してきた大木さん。その多くは雑種ですが、レベルの差はあってもすべての犬が必ず何らかの形で人間に寄り添ってくれる、と大木さんは言います。

「救出から半年は健康診断、そして人との信頼関係作り。それができてから、2年から2年半かけて高度な訓練を受け、病院など医療の現場で活動するセラピードッグになります。犬の能力には個体差がありますが、なんにもできない犬なんていません。みんな、それぞれの能力に合った形で、人間を支えてくれています」

救助された犬たちは高度な訓練を受けセラピードッグとして育っていきます(写真提供:国際セラピードッグ協会)

医療や教育の現場で動物を介して人間の活動をサポートするものは、主に「動物介在療法」「動物介在活動」「動物介在教育」の3つに分類されます。そのうち、国際ドッグセラピー協会が担っているのは「動物介在療法」。医師とともに、病気や症状の改善を目的として活動しています。

高齢者施設で活動するセラピードッグ(写真提供:国際セラピードッグ協会)

「これまで当協会のセラピードッグたちはたくさんの効果をもたらしました。手が不自由な人が、犬に触れたいと自ら手や体を動かすようになったり、ずっと車いすを使っていた人が、犬と一緒に歩きたいという気持ちから杖を使って歩けるほど歩行機能が回復したり。そんな例をたくさん見てきました。今、当協会からは年間でのべ12000人の患者さんの元へセラピードッグを派遣していますが、需要が多くてすべての依頼に応えられない状況です。高齢者施設だけでなく大きな医療機関でもセラピードッグ導入の動きが出ていますから、今後さらにセラピードッグが必要とされていくと思います」

動物愛護精神のもと、保護者を失った犬たちをセラピードッグとして育成することで社会福祉に貢献すること、そして殺処分ゼロを目指して活動している国際セラピードッグ協会。捨てられた犬だけでなく東日本大震災で保護者を失った犬たちも救出し、セラピードッグとして育てています。

被災地福島から救出された犬たち。写真右から日の丸、福、幸、きずな(写真提供:国際セラピードッグ協会)

助けられなかった命のために、活動を続けていく

「私はこれまで多くの犬の命を救ってきましたが、20頭も30頭も収容されている犬のうち私が一度に助けられるのはせいぜい3~4頭。助けられなかった犬の方が圧倒的に多いんです。そのことを思うと本当につらいです」

大木さんがこれまで続けてきたセラピードッグ育成と殺処分ゼロに向けた活動。動物愛護法の改正によって、ようやく風向きがよくなってきたと感じていると言います。

「セラピードッグの存在も、かなり日本でも認知され受け入れられるようになってきました。今後、このセラピードッグが全国でちゃんと根付いて病院や施設に当たり前のようにいる存在となっていくことが私の願いです。そして『命あるものは幸せになる権利がある』という私の理念のもと、一番の悲願である殺処分廃止のためにこれからも活動を続けて行こうと思います」

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