「子どもを産んで急に『お母さん』になって、はじめての育児をわからないまま手探りでやらなきゃいけない。そんななかで、子どもが寝ないとか離乳食を食べないとか、小さなストレスに悩んでいる人は多いと思います。でも、なぜ寝ないのか、なぜ食べないのか、その理由と対処法がわかれば、少しは気持ちがラクになると思うんです」。
歯科衛生士の三木えりかさんは、歯科医院での勤務を通して子どもの離乳食と運動機能の発達に着目。2019年に独立して乳幼児教室「ははこと」をオープンし、2022年春には親子で利用できるカフェ「しみこむ」と、児童発達支援事業所「みつける」をオープンしました。

離乳食は口だけの問題ではない

歯科衛生士として子どもから高齢者までさまざまな患者と接するうちに、虫歯や歯周病、かみ合わせなどの問題がなぜ起こるのかを考えるようになった三木さん。専門的な勉強を重ねつつ歯科医院の一角で離乳食教室を実施していました。そうするなかで、離乳食を上手に食べられるかどうかは、体の運動機能の発達と密接な関係があるということに注目するようになりました。

「離乳食って最初はペースト状から始めますが、次にちょっと固形の段階に進みますよね。そのときまだ歯は生えてないけど、上あごと舌で挟んで押しつぶすんですが、この押しつぶしの動きが出ない子がいるんです。固形のものを食べさせると吐き出したりむせたりするとか、押しつぶさずに丸飲みするとか。これって、舌でぐっと押す力がないってこと。そして実は、床に手をついて体をぐっと押し上げる動きができるようになると、舌で食べ物を押しつぶす行動もできるようになってくるんです。これは、子どもの体の動きと口の動きをリンクさせながら継続して見てきたからこそ、だんだんわかってきたこと。だから離乳食教室では、食べるものをチェックするだけではなく体をしっかりトレーニングすることも大切にしています」

乳幼児教室「ははこと」では、体の動きや運動機能の発達にも注目しながら一人一人に合わせたアドバイスをしています。

口の専門家、歯科衛生士として離乳食教室を続けてきた三木さん。しかし、口まわりのことだけ見るのではなく体全体の運動機能の発達もあわせて見なければいけないと気付き、2019年に歯科医院を辞めて乳幼児教室「ははこと」をオープンしました。「ははこと」では0歳から3歳までの子どもの発達をサポート。SNSで募集をかけたら5分で予約が埋まるほどの人気です。

「心がけているのは、できるだけ具体的に改善につながる方法を伝えること。みんな、参加費を払って予約を勝ち取って来てくれているわけですから、少しでも不安を解消できて、役に立てるようなアドバイスをしてあげたいと思っています。『次に来るまでの間にこれをしてみてね』とか、『食事中はこういうことに気を付けてね』と宿題を出して、その次来たときにそのフィードバックを得て。そうやって支援を継続していくことが大切だと思っています。子育てには小さな悩みや不安がつきものですが、ちゃんとした知識を得るだけで悩みが解決したり、とらえ方が180度変わったりすることもたくさんあるんですよ」

とは言え、三木さんが一人で対応する「ははこと」は、予約の取れない人気の教室。本当は毎週でも様子を見たいと思っても、一人で対応できる人数は限られる上、参加者の金銭的負担も増えてしまいます。そこでもっと頻繁に、さらに就学前まで年齢を広げて継続的に発達を支援できるようにと、「ははこと」から2年半後、児童発達支援事業所「みつける」を立ち上げました。

「私がこの子を一生守っていく」4歳の誓い

そんな三木さんの「困っている人の役に立ちたい」「誰かの力になりたい」という思いの根底には、弟の存在がありました。「4歳下の弟は開放性二分脊椎と水頭症という障がいをもって生まれました。しかも母親の胎内で足にへその緒が絡まっていて、歩くこともできませんでした。生まれてきた弟を見て、当時4歳の私は、この子を私が一生守っていくと心に決めたんです」。

「障害のあるなしに関わらず、人にやさしくできる社会になってほしい」と三木さん。

「彼が大人になったとき、社会とつながっていられることが私の願いだったんです。でも、私が彼のために直接できることなんてないんですよね。代わってあげることもできないし。それなら、私がほかの誰かの力になったり親切にすることによって、まわりまわって、彼がまちで出会った人とか、社会から親切にされればいいなと。そういう社会になってほしいという思いは、いつもありました」。ところが弟の勇一さんは、2022年4月、「みつける」がオープンした同じ月に37歳で亡くなりました。「ずっと入院していたので、ここが完成したときも見てもらうことはできませんでした。残念です」。

カフェ「しみこむ」の店内には勇一さんが描いた絵が飾られています。

誰もが目の前の人にやさしくできる社会に

弟の死というショックと向き合いつつ、目の前で困っているお母さんや子どもたちの役に立ちたいと活動を続けている三木さん。育児中は、寝ない、うつ伏せが嫌い、ハイハイをしない、極端な偏食などなどさまざまな問題がありますが、三木さんはその理由を食事、栄養、体幹、感覚、運動、睡眠など膨大な情報をもとに考え、改善策を導いています。

「これまで関わってきた子どものなかには、専門的な支援が必要なのに何のサポートも受けていない子もいました。病院に連れて行っても『様子を見ましょう』としか言われないんですね。今後、うちのような施設がもっと増えて、障害のあるなしに関わらず子どもが生まれたらみんながこういう場所を利用するような社会になるといいなと思います。周りの大人がみんなで子どものしあわせな成長を見守る仕組みが、文化として広まって定着していってほしいです」

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