瀬戸内国際芸術祭2022が、4月14日に開幕しました。開催地の一つである岡山県玉野市の宇野港近く、瀬戸内の島々が望める好立地にゲストハウス「UOI(ウオイ)」はあります。
コンセプトは「オタクによるオタクのためのゲストハウス」。自身もオタクというオーナーの栗田綾子さんが、旅人に楽しんでもらいたいと「非日常」や「居心地の良さ」を意識した空間作りをしています。

自分の“居場所”が欲しくて開業

人が好き、歴史好き、好奇心旺盛、さらにバイクやバルーンアートなど多趣味な栗田さん。オタクであるということをオープンに話せなかった過去を経て、「自分の居場所がほしい。ないのならば自分で作ろう」という思いから、茨城県から単身移住し、オタクのためのゲストハウスを2017年にオープンしました。

UOIの正面入り口。宇野港フェリー乗り場の目の前(提供:栗田さん)

築100年以上の割烹旅館をリノベーションしたゲストハウスは、アニメのポスターや漫画本などオタク要素があるとともに古い建具が使用されるなど、古いものと新しいものが混在する“アジア的雰囲気”が漂います。部屋のラインアップは「忍者の個室」、「痛部屋の個室」、「海が見える個室」などそれぞれコンセプトが異なります。

海外からのオタクにも人気のアニメの個室(提供:栗田さん)

「大事にしているのは、ゲストハウスでありながら全室個室であるということ。最新設備を備えることはできませんが、旅人がゆっくりとくつろげる空間を目指しています。キッチンやラウンジ、シャワー、トイレは共同。ラウンジにはいつも人が集まるので、旅人同士、程よいコミュニケーションが生まれています」

もちろん、栗田さんのお気に入りを集めた漫画コーナーも充実しています。岡山ゆかりの漫画家・岸本斉史さんの「NARUTO」や、筆者も青春時代に読んだ「BANANA FISH」。日本語と英語訳が併記された「あさきゆめみし」やタイ語に翻訳された漫画もあります。

不要になったフローリングの板などでDIYした漫画用の本棚

震災をきっかけに変わった「自分」

栗田さんのこれまでの人生には、ターニングポイントが大きく2つあります。一つは、茨城県から岡山県への移住を決めた東日本大震災。そしてもう一つは、宿泊客が激減した新型コロナウイルスによる世界的なパンデミックです。

「茨城にいた頃は、生活に疑問を感じることもなく仕事や遊びなどルーティンをこなす日々でした。しかし震災後、人生観がガラリと大きく変わりました。『自分に本当に必要なものを考えたい。好きなことを追求して生きていきたい』と強く感じました」

瀬戸内海を見ていると、「心が穏やかになる」と話す栗田さん。

2011年の移住後、岡山県の臨時職員として、アートイベント事務局スタッフや瀬戸芸のスタッフなどを経験。アーティストらと交流する中でイベントの裏方の仕事を覚え、現代アートへの知識を深めていきました。そして2013年、瀬戸内海が見える玉野市へ移住。

「最近ではオタクは“市民権”を得ていますが、以前はオタクはダサイ、恥ずかしいというイメージを持たれがちでした。自分が本当にしたいことを考えた時、自分自身がオタクであることをカミングアウトでき、さらに人と人とが交流ができる場所が思い浮かんで、自然な流れでゲストハウスを始めました」

ゲストハウスはインターネットのレビューなど口コミで人気になり、コロナ以前の利用者はオーストラリア、台湾、中国など様々な国からのインバウンド(訪日外国人観光客)がメイン。実に9割以上が外国人客だったといいます。

1階入り口には、漫画の吹き出しを印刷して並べた特大パネルを設置。漫画の世界に入り込んだような写真が撮影できると、宿泊客の人気スポットに(提供:栗田さん)

「湾生(わんせい)」の生き様を描きたい

そして今、栗田さんが夢中になっているのが漫画制作です。自分のこれまでの体験や、祖母ら戦中を生きた人たちから伝え聞いた話を漫画で表現したいと考えています。なかでも本格的に描きたいと考えているのが、湾生(わんせい)の話。湾生とは、戦前の台湾で生まれた日本人のことです。

漫画を描いている栗田さん(提供:栗田さん)

きっかけは、3年ほど前に訪れた台湾旅行。ゲストハウスに宿泊していた台湾の友人を訪ねて街を歩いていると、「道に迷ったの?」「何か困っている?」と台湾のお年寄りに日本語で声を掛けられました。

台湾を旅行中(提供:栗田さん)

「当初、台湾の後はベトナムへ行く予定でしたが、俄然、台湾の歴史に興味が湧き、ベトナム行きはキャンセル。そのまま語学学校に入学しました」

持ち前の好奇心と行動力で、栗田さんは中国語を学び、台湾の人たちから話を聞き取りました。

「台湾は日本にとって身近な場所ですが、湾生の話はあまり知られていません。戦中、日本語で教育を受けて育った台湾のお年寄りや、湾生という波乱万丈な人生を送った日本人を題材にした漫画をいつか描ければと思っています」

栗田さんが宿泊客のために描いた漫画のイラスト(提供:栗田さん)

「漫画はさまざまな背景を持つ読者に情報伝達できる手段であると同時に、時代を超えて読まれるということも大きな魅力です。私が描きたいのは、多様性のある社会で、マイノリティと言われる人たちに寄り添った作品です」

コロナ禍で海外からの訪日外国人客が一時はゼロになってしまった「UOI」。現在は、宇野港周辺で滞在制作をするアーティストの宿泊場としてリピートされるほか、直島や豊島への観光客、釣り客など新たな顧客層が広がってきています。話題が豊富でフレンドリーな栗田さんに会うことを楽しみにしているリピーターも少なくありません。

「事業を大きくするのではなく、好きなものに触れる時間を大切にしたいと思っています。生活を見直せば、自分の大切なものがしっかりとわかってきます」と栗田さんは話します。

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