岡山県議会で、自民党岡山県議団が中心となって制定準備を進めている「家庭教育応援条例(仮)」。
家庭での教育を社会全体で支えることを基本理念とし、「保護者が親として学び、成長していくこと」「子どもが将来親になるために学ぶこと」を促すことを目的としています。
素案に対するパブリックコメントでは「親になるための教育や学びは最低限必要」と賛同の声がある一方で、「行政が家庭のあり方に介入するものだ」といった反対意見も寄せられました。

これを受け、県議会は「子どもが将来親になるために」を「将来親になる選択をした場合のために」と変更するなど素案を大幅に変更し、2021年12月に修正案を示しました。しかし反対の声は強く、市民グループが署名を呼びかけ、紙とオンライン合わせて2万2345人分の反対署名を、1月12日に県議会議長ら宛に提出しました。

「岡山県家庭教育応援条例」反対署名提出に際する記者会見

SNS上で署名を呼びかけた人の中には、発達障害の子どもを育てる保護者たちがいます。今回、そうした保護者たち3人に取材し、条例案に反対した背景にある学校での経験や、どんな世の中になることを願っているのかを尋ねました。

 ※3人は顔写真非公開、匿名で取材を受けてくれました

どうしたらよいのかわからない

1人目は、なないおさん(仮名)。シングルマザーで、16歳と14歳の2人の子どもを育てています。上の子はADHDとアスペルガーの症状があり、児童相談所に通っています。下の子は中学入学後に不登校になり、現在精神科に入院しています。

それぞれ、4歳と2歳の頃に発達障害の診断を受けましたが、それまでは「他の子どもと明らかに違うけれど、どうしてなのか、どうしたらよいのかわからなかった」と話す、なないおさん。

「上の子は食事中どうやっても座っていられませんでした。歩いたり走ったりできるのにそんなこともできないなんて、親の躾がなっていない、と言われ、自分を責めました。幼稚園に行くと、朝ごはんに何を食べたか、絵本を何冊読んだかを毎日記録して提出しなければならず、さらに追い詰められました。この子を抱えて死のうとまで思いつめ、虐待まで紙一重の差でした」

どうしてうちの子だけが?

2人目はNさん。10歳と8歳の2人の発達障害を持つ子どもを育てています。取材をした日、たまたま下の子が学校を休んで家にいました。

「『きょうは学校行きたくない』と言うから、『休みたいならどうぞ休みなさい』と休ませています。以前はそんなことは絶対に言えませんでした」

上の子が小学校に入学後、行き渋りや先生のいうことを聞けないなどし、とても戸惑ったといいます。

「『学校に行けないのは甘えだ』と考えて、引きずってでも連れて行っていました。先生もよかれと思ってやってくれて、クラスの他の子は苦しんでないのに、どうしてうちの子だけこうなのか、自分の子どものことなのになぜ私は理解できないのか、という葛藤がありました。でも、何年も経って、親の私にはわからない苦しみがあるのだ、ということがやっとわかるようになりました」

学校で子どもにかかったプレッシャー

3人目のIさんにも、発達障害を持つ小5の子どもがおり、2021年10月、不登校になりました。

「うちの子は特性上よく忘れ物をしてしまうのですが、それに対して学校がよかれと思ってしてくれることが子どもには合いませんでした。一致団結して忘れ物を無くそう、忘れ物をした子には声をかけて班の連帯責任にしようと、一人の責任にさせないという配慮が裏目に出て、子どもに相当なプレッシャーがかかりました」

Iさんの子どもは積極的で、発言したり人の意見を聞いたりすることが好き。5年生になって、支援学級から通常学級に移動しましたが、上記のような葛藤が多々あり、体調を崩して入院する事態に。

「支援学級では、授業を受ける姿勢や筆記用具などはある程度自由が許されていましたが、通常学級ではそうではなく、決め事が多いです。本人は通常学級で頑張りたいという意欲がありましたが、いろいろなことが重なり、不登校になってしまいました」

「何もせずに終わりたくない」願う社会に近づくために

孤立しがちな親を支え、どんな子も幸せに育つために、何が必要だろうか。

日々苦労をし、悩みながら子育てをしている親たち。どんな社会になることを願っているのでしょうか。Nさんは、こう答えてくれました。

「どんな親も、世の中に溢れる『こうあるべき』情報に少なからず振り回されているのではないでしょうか。よしとされる枠との狭間で苦しむ子どもたちにとっても、『正解の枠の中に入っていなくても、他の生き方でもいいんだよ』と言ってくれる、緩やかな社会が実現してくれればと願っています。岡山には、実はたくさんそんな団体があります。困った時は、手を差し伸べてくれる人が必ずいます。誰もが、"正解"だけじゃない情報に手が届くようになればと思っています」

Nさんは現在、子どもの遊び場を運営する団体で働いています。これまでに、行政からの支援を受け不登校児の支援をしたことも。

「私にとって、今の職場に出会えたことは救いでした。ここでは、どんな特性の子もおおらかに受け入れ、伸び伸びと自由に遊べる雰囲気があります。"ここにしか居場所がない”と話すお母さん方もいます。私たちのような地域団体だからできる柔軟な支援の仕方があると感じています」

岡山県内にある子どもの遊び場。どんな特性の子どもでも受け入れ、伸び伸び自由に遊べる雰囲気。

なないおさんは、岡山で同じような子どもを持つ親たちと情報交換ができるよう、Twitterでグループを立ち上げました。

「私の場合、病院で発達障害と診断され、それがどういったものなのか勉強するところからスタートでした。子育てに対する考え方の違いから夫と離婚した後、1人で情報を調べ、役所や児童相談所などに足を運んでなんとか支援を受けてきましたが、私のように自分から情報を得て、相談に行ける人ばかりではないと思います。何を調べたらよいかさえわからず、子どもを抱えて困っている親はたくさんいると思います。私の子どもはもうすぐ義務教育を終えますが、これから育つ子どもたちのために、できることをやっていきたいと思います」

Iさんは、有志の母親同士で子育て支援グループを立ち上げ、育児情報を交換したり、目の前のことに追われがちな日常から少し離れて、気分転換したりできる場所を運営しています。
その目的は、「お母さんが社会の中で孤立しないように、居場所をつくること」。自身の子育ての苦労から、「自分だったらこうしてほしい」という視点で場づくりをしてきました。今回の署名活動に積極的に参加したのも、「自分の生活にすごくリンクしていることを、ただ横目で見て、何もしないのは違うと思ったから」といいます。

「こうあってほしい社会」が来るために、手の届く範囲から、自分にできることをしていく。自分の身近にこんな親たちがいることに、力をもらえました。そして筆者も、親として、子どもによりよい社会を残せるために、自分にできることをやっていこう、と思えました。

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