現在、オンラインショップで、主に洋書の絵本を多く取り扱う古書店「古本とがらくた paquet.(パケ)」を営む杉浦まなさん。
洋書や翻訳絵本は、子どもから大人まで、想像力というきらめきを失っていない人たちに深く愛されており、なかにはコレクター垂涎の希少な絵本もあります。日々在庫が動く古本とがらくた paquet.にも、あっと驚くお宝が並んでは、新しい持ち主の手に渡っていきます。

無類の本好きで、翻訳絵本に魅入られた杉浦さんが古書店を始めたきっかけについて話を聞きました。

寝食と同列に本がある生活を送りながら、さまざまな仕事を経験

昔から、授業中も、入浴中も、料理をしながらも読書をしていたという杉浦さんでしたが、古書店を始める前は本に携わる仕事の経験はありませんでした。

「飲食店、リゾートバイトなどを経験しました。古着のリユースのお店でも働いていましたね。これらのお仕事を経て、古本と雑貨のお店がやりたいと考えるようになりました」と語ります。
本、旅、人、リユース。これらが杉浦さんの人生のキーワードになっているようです。

移動式の一箱古書店からスタート

2018年、広島の一箱古本市にチャレンジ。ここから古本とがらくた paquet.がスタートしました。古書が次の読み手に受け継がれていくことに魅入られた杉浦さん。
その後、自身のインスタグラムに絵本の表紙写真に、絵本の魅力と紹介文を添えて投稿していたところ、「販売してほしい」という反応が増えて絵本が売れ始めます。
ライターをしていた経験もある杉浦さんは、絵本の魅力を抽出し、人に伝えることがとても得意です。

古本とがらくた paquet.で本を買うとついてくる小冊子「なにかよむもの」は杉浦さん自身の日常エッセイで、知的発見、映画・本・作品との出会いや魅力などについてシェアしています。
まるで「言葉屋さん」と形容できそうなくらい魅力的な言葉で、数多ある絵本の魅力をすらすらと教えてくれるため、絵本の表紙のようにカラフルで色鮮やかな言葉が飛び出し、まるで翻訳絵本のような世界に浸ることができるのも、古書店店主としての杉浦さんの大きな魅力といえそうです。

杉浦さんのエッセイ『なにかよむもの』

旅が好き、でも時代が急展開した

以前には「海外に行きたい」という願望ももっていた杉浦さんでしたが、2020年の春に世の中はがらりと変わります。

「コロナを機に、真剣にいろいろと考えるようになりましたね。この国で働く一人の女性としてどのように生きるべきか考え、実店舗を構えようと決心しました」

どこにも属さず、自由でいたい。旅をしながら、シンプルな商いをしながら生きていきたいという思いをもっていた杉浦さんは2020年10月には専業の古書店店主になります。そして、以前のように移動式ではなく、店を構えようと決意。まずはオンラインショップを立ち上げました。実店舗の開店は2022年中を考えているそうです。

名古屋のカルチャーを盛り上げたい

店の場所は愛知県名古屋市にこだわります。

「20代前半に過ごした思い入れがある町に店を構えたいという思いがあります」と語る杉浦さんの決意は固く、愛着のある名古屋のカルチャーを元気にしたい、古書店という文化を継承したいという強い意志が窺えます。
長年市民に愛されてきた大型の新刊書店がつぶれてしまったこと、既存の古書店の撤退など時代のなかで少し元気を失っている町を活気づけたい。市民を始め、ぶらりと立ち寄る旅人を歓迎したい、本好きの人たちの憩いの場をつくりたいという前向きな思いを語る瞳がきらりと光りました。

「希望を見いだせる絵本」を紹介してくださいというリクエスト

今回、筆者は杉浦さんに「希望を見いだせる絵本を紹介してください」とリクエストしました。目利きの杉浦さんが用意してくれたのは『もりのこびとたち』と『スティーヴンソンのおかしなふねのたび』です。

『もりのこびとたち』 エルサ・ベスコフ 作・絵 大塚勇三 訳  福音館書店

『もりのこびとたち』は、人知れず森のなかでひっそりと営まれているこびとたちの生活を描く絵本。「エルサ・ベスコフのよく売れた絵本なので、ご存じの方も多いかもしれません。今の私たちの窮屈な時代、閉塞感のある日々を忘れて、森の美しい四季のなかで営まれているこびとたちの生活を覗くことで何か新しいものが見えてくるかもしれません」とおすすめしてくれた杉浦さん。
同じ四季でも、人間にとっての四季、こびとにとっての四季の違いについても考えさせられます。この絵本は「みなさんが、じぶんでかんがえてごらんなさい」と呼びかけます。読んでいる人が自分自身でお話を考えてごらんなさいと、想像力を呼び起こしてくれるのです。

『スティーヴンソンのおかしなふねのたび』 ナンシー・ウィラード 作 アリス・プロベンセン、マーティン・プロベンセン 絵 平野敬一 訳  ほるぷ出版

『スティーヴンソンのおかしなふねのたび』は、ジキルとハイドの作者、ロバート・ルイス・スティーヴンソンが旅に出た実話を基にした作品です。「この絵本の魅力はなんといっても詩的な表現です。“バターミルク色の空のした”など、読んでいてわくわくする作品なのですよ」
杉浦さんが薦める通り、詩的でリズミカルな表現がちりばめられているとても魅力的な絵本です。
「足どりかるくおりていく。希望のくにへおりていく」
という文末も、「希望が見いだせる絵本」というリクエストにぴったりでした。

杉浦さんの旅は始まったばかりです。これからもたくさんの本を人から人へとつないでいく長い旅は続いていくのでしょう。

それぞれの日常に疲れたら、絵本の世界に出帆してみませんか?
絵本の表紙という扉を開いてみれば、いつでも静かに営まれている別世界を覗くことができます。

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