オリーブといえば、イタリアやスペインを思い浮かべる人が多いと思いますが、国内にも産地があるのをご存知ですか?
瀬戸内海に面した香川県は年間420.2tのオリーブ果実収穫量があり、全国シェア91%を占める(平成30年産 特産果実生産動態調査より)、日本一の産地です。なかでも小豆島は日本で最初にオリーブ栽培が成功した地に由来し、「オリーブの島」としても知られています。

収穫したばかりのオリーブ果実。これは新漬け用に収穫したミッションという品種。

海外のオリーブ大国では機械を使って収穫するが、香川では一粒一粒、手摘みで収穫する。

山形県出身の元自衛官、森村真人さんとパートナーの宮野房江さんが小豆島にやってきたのは3年前の2018年のこと。ふたりの出会いはさらに4年前の2014年にさかのぼります。「平成26年8月豪雨」と命名された、広島での土砂災害のボランティアで出会いました。
当時、真人さんは山形の陸上自衛隊に所属する現役自衛官でしたが、休日にボランティアとして広島まで駆けつけ、被災地に入っていました。そのころ房江さんは広島市内に住み、助産師として看護大学の実習指導員をしていました。
ボランティアで出会ったふたりは、お互い2011年の東日本大震災でも石巻のボランティアに入っていたこと、房江さんの父親も自衛官だったことや、人のために動くことが好きだったりと、いくつもの共通点があり、すぐに意気投合したそうです。

余裕があるときのランチタイムは畑でサンドイッチ作り、コーヒーを淹れる。作業は楽しむことも大切だと考えている。

「オリーブドラブ」からオリーブ畑へ

真人さんは高校卒業後、18歳で自衛官として陸上自衛隊に所属しました。「オリーブドラブ(通称OD=オーデー)」とは、軍用車両や軍服などに使われている、少しくすんだオリーブ色のこと。37歳で退役するまで、オリーブドラブ一色の中で厳しい訓練を積み重ねてきました。それが今では、本物のオリーブに囲まれる日々に。なぜ、自衛官を辞めたのか。そのときの心境を語ってくれました。

オリーブドラブの世界から「導かれるように本物のオリーブ畑に居る自分が不思議です」と真人さん。

収穫作業。5~6mもある大きな木の収穫は梯子を少しずつ動かしながら。

きっかけのひとつは東日本大震災。

「自衛官として19年間、ずっと訓練をし続けていました。そこへ10年前に突如発生した東日本大震災で、もっとも被害が激しかった宮城県石巻市の救援活動に入ったんです。寒くて辛くて大変な任務でしたが、自衛官になってはじめて、たくさんの人から『ありがとう』と感謝される体験をしました」
ところが、5か月後に救援活動が縮小されると、また山形に戻り、銃を携えて山に入り、見えない敵と戦う訓練が再開します。真人さんの「いま目の前で困っている人の役に立ちたい」という気持ちは一層強くなり、その後は任務ではなく、毎月のように休みの日に石巻へボランティアに通いました。

もうひとつのきっかけは、シリアへの派遣が決まり、中近東に興味をもったことでした。
東日本大震災の翌年、PKO(国連平和維持活動)でシリアに派遣されることが決まっていましたが、シリアの内戦が激しくなり、結局、派遣は中止に。そのころ印象深く心に焼き付いているのは、六本木で見たアラブの現代アート展『アラブ・エクスプレス展』でした。

「会場で目にした『私たちは家族を愛し、生まれた土地を愛し、平和を愛している。日本人のみなさんと変わらないのです』というようなアラブの人のメッセージが衝撃的でした。シリアに対する誤解と偏見が自分の中にあったことにハッとしたんです」

それから間もなく、いろいろな思いと、真人さんならではの「平和」の観点から退役することを決めました。

オリーブは平和の象徴だから

いつも笑顔を絶やさない房江さん。

「オリーブは単にお金に換えるだけのものじゃない。やっぱり自分にとっては平和の象徴なんですよね」と真人さん。

ふたりは、最初からオリーブ生産者になるために小豆島に来たわけではありませんでした。たまたま房江さんの知り合いが小豆島にいたことから島に来ることになり、最初はオリーブ農家でアルバイトなどをしていました。そこで収穫も新漬け加工も体験するうちに独立。そして、2020年から「森村農園 m.olive(モリーブ)」として新規就農します。島内3か所に成木のオリーブ畑を借り、オリーブ果実の出荷とオリーブオイルの販売を始めました。独立2年目の2021年は、2020年の3倍近い収穫量で「新漬けオリーブ」の加工も開始しました。

2021年のオリーブオイルと初めて加工した新漬けオリーブ。ブランド名は「m.olive」。パッケージデザインから写真撮影まで自分たちで手がけた。販売はネット通販のみ。(C)森村農園

鮮やかなエメラルドグリーンが美しい。今シーズン最初に絞ったオイル。

加工場と自宅を案内してもらいました。
「ここの朝は、本当に気持ちがいいんですよ」と房江さん。
目の前に瀬戸内海が広がり、ときおり小さな魚船が水面に線を描くように通っていく。青空にはトンビやカモメが舞い、遠くでその鳴き声が聞こえてくる。まるで別荘地のようなロケーションに建つコンパクトな平屋を、運よくマイホームにすることができ、少しずつ自分たちでリフォームを続けています。

ワンルームのキッチンは一から手作り。海からの風が心地いいカウンターはまるでおしゃれなカフェのよう。

「大きな収入なんて求めていないんですよね。これからはこの景色を見ながらここでゆっくり暮らしたい」
真人さんが静かに海を眺めながら言いました。その一方で「人の役に立ちたい」「平和でありたい」という気持ちはふたりの共通の思いであり、原動力として変わりません。
実はアレッポのオリーブ石鹸などで知られるシリアも、オリーブの産地。
「いつかシリアのオリーブオイルを輸入して、それを私たちのオイルとブレンドした『ピース・オブ・オリーブオイル』を作ってみたい。紛争地からオリーブを購入することで少しでも支援につながったら、と考えているんです」と房江さん。
平和の象徴、オリーブを本当の意味で「平和のために使いたい」。そんなメッセージが森村農園から世界に発信されるのはそう遠くないように思えました。

笑顔が絶えないふたりは実に仲がいい。同じ夢を抱く同志だ。

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