香川県の東の端にある引田(ひけた)という町は、播磨灘に面した港町。かつては醤油の醸造で栄え、今も江戸時代の豪商の邸宅や古い町並みが保存されているエリアです。そんな引田の町が一年でもっともにぎわうイベント、「引田ひなまつり」が3月1日から開催されています。このイベントを第1回から支えてきた尾崎照子さんに話を聞きました。

民家の軒先やガレージ、商店のガラスケースなどにたくさんのひな人形が展示されています

引田では昔から女児が生まれると初節句にひな人形を飾り、近所や親戚に見せる風習がありました。時代とともに消えて行ったその風習をまちおこしのために復活させたのが引田ひなまつりです。引田の古い町並み一帯に数多くのひな人形が展示され、それらを自由に見て回ることができるこのイベント。今年は約60軒の民家や商店が参加しています。

引田ひなまつり実行委員会、展示部長の尾崎照子さん

「20年前に始まったときは、今よりずっと少なかったんです。町の中心にある古いお屋敷をみんなで掃除して、そこにひな人形を飾って、あとは周辺の数軒だけでした。それが回を重ねるごとにひな人形を飾ってくれる家が増えて、さらには吊るし飾りもみんなで手作りして増やしていって。20年かけてひな人形も飾りも増えて段々と華やかになっていきました」

ひな飾りの両脇には市松人形などの日本人形を、最下段にはひし餅やハマグリ、ひなあられなどを飾っています。こうした飾り付けも引田ひなまつりの特徴です

「とくに今年は、地元の小中学生も準備を手伝ってくれてね。そこら中に椿や柳の飾りがあるでしょう。それをみんなで作ってくれたんですよ。なかには、小学生が飾り付けをしてくれた7段飾りのひな人形もありますよ」

竹筒に入った椿が町一帯に飾られています。椿は、本物の枝に造花を付けたもの。竹筒は1000本近く用意し、設置は中学生が行いました

コロナ禍で多くの祭りや行事が中止になり、さまざまな経験をする機会を失った今の子どもたち。4年ぶりに開催される引田ひなまつりは、そんな子どもたちにとって久しぶりに地域と関わる行事になりました。

傘や太鼓などを使った和の演出

ひな人形は昭和50年代のものが多いと尾崎さん。赤い毛氈(もうせん)を敷いた7段飾りのひな人形もあれば、お内裏様とお雛様だけの小さなものや、陶器のひな人形、大正時代や昭和初期の古いものなど、さまざまな人形が一堂に会しています。

引田のひな人形は部屋いっぱいに飾るのが伝統的な風習。壁にも幕を張ったりひな人形の絵を飾ったりしているほか、天井からもたくさんの飾りを吊るしています。ひな人形の脇や床の空いたスペースには市松人形や縁起物の小物、子どもが使っているおもちゃやぬいぐるみなども並べ、とにかく部屋じゅう隙間なく飾り付けます。

こちらは本物の石のタイルを使い、お城の石垣やお堀のような空間に仕上げています

十二単を飾っている家もあります

尾崎さんによると、7段飾りを一つ組み立てるのに約3時間かかるとのこと。毎年準備には膨大な時間と手間がかけられています。一般家庭のひな人形は各家庭で飾り付けをしているものもありますが、公共スペースの飾りは実行委員会を中心とした有志メンバーが行っています。

「煙突広場」という公共スペースには、何組ものひな人形が展示されています

椿の花や扇の形をしたたくさんの吊るし飾り。一つひとつ着物の生地などを使って手作りし、飾り付けしています

20年前、第1回の開催から中心となって運営してきたメンバーは、尾崎さんを含め多くが80歳を超えています。体力的にもう手伝えなくなった人も多いそうです。
「毎年来てくれるお客さんもいるから、『去年よりよかった』と思ってもらいたい。そのためには準備にかける人手とか、時間とか、アイデアが必要。今後中心となって動いてくれる若いメンバーを育てるのが今の課題です」と尾崎さん。

入り組んだ細い路地の多い引田の町に、ひな人形目当てにたくさんの人が集まります

展示されているなかでもっとも古い、大正時代のひな人形。昭和初期頃まで、このような御殿飾りのひな人形が作られていました

十数年前には、期間中延べ7万人も訪れたことがあるという引田ひなまつり。今年は3月5日まで開催されています。

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