「正直最初は、やっちまった!と思いましたよ。想像してたのと全然違う!って」
そう笑うのは、香川県でオリーブ農園を営む澳(おき)敬夫さん。実はオリーブ農家になる前は大手証券会社に勤めていました。なぜ大手企業を辞めて農業を始めたのか、そこにどんな苦労や努力があったのか。そのいきさつを取材しました。

澳さんが営む「澳オリーブ」の農園

オイルはできた、でもどうやって売る?

澳オリーブでは現在、1500本のオリーブを育てています。その実はすべて10月上旬のまだ青いうちに早摘みされ、オリーブオイルになります。この土地を買い、オリーブの木を植えたのが2014年。2016年に初めて少量収穫してオイルを搾りました。そして2017年から本格的に商品化。ところが最初は、どこにどう売るかまったくノープランだったと言います。

「なーんにも考えてなかったんですよね。オリーブをいっぱい育てて、オイルをどんどん搾って、作れば作るほど儲かると漠然と思っていた。でも、まったく知名度のない『澳オリーブ』が売れるわけがないですよね。当時は舞い上がってたんだと思います、今思えば。オリーブ農家になることに、いいイメージしか持ってなかったですね」

そもそも澳さんがオリーブ栽培を始めたのは、証券会社での仕事がきっかけでした。
「当時は金融機関の担当をしていて、地方銀行と一緒に農業向けのファイナンスを進めていたんです。香川県ではオリーブを軸にした新しいモデルを作ろうということで、地銀さんと一緒にいろいろ構想を考え、農園にする土地のめぼしもつけて計画していたんですが、結果的にはスポンサーも事業者も現れなかった。『なんなんだ、せっかく計画したのに。もういい!自分でやる!』って。最初はそんな乱暴な感じでしたね」

もちろんそれだけではなく、元々食べることが好きでいつかは飲食業に携わりたいと思っていたことや、オリーブオイルに魅力を感じていたこともオリーブ農家になった理由の一つです。ですが、せっかく大手証券会社を辞めてまで飛び込んだこの世界で「誰にどう売るか」という、商売の基礎とも言える課題に直面し、「やっちまった」と感じた澳さん。初年度は販路開拓のための営業に明け暮れました。

精度の高い営業で販売先を開拓

どこにどう売るかを考えた澳さんは、まずターゲットをしぼりました。「うちの場合、オイルの性格が明確。和食に合う、素材を生かした料理に合うオイルだから、そういう料理人さんに使ってもらいたいと思ったんです」。全国の飲食店や料理人を調べ、澳オリーブのオイルと料理の方向性が合っている店を見つけ、1店ずつ手書きで自分の思いを綴った手紙を書き、商品のサンプルと一緒に送りました。

さわやかな香りとピリッとした辛みがあるのが澳オリーブの特徴

「反応はよかったですよ。やっぱり最初に相手の料理を知ったうえで提案しているから。そういう意味では、証券会社での営業経験も役立ったと言えるでしょうね」。こうして全国に澳オリーブを使ってくれる飲食店が増え、その料理を食べて興味を持った個人の客がネットで購入してくれるようにもなりました。「本格的に収穫し始めて5年目ですが、ここ1、2年でやっと、ちゃんと商売として形になってきたなと思えるようになりましたね」

オリーブは農作物なのでオイルも年によって微妙に味わいが変わります。澳オリーブを使う料理人たちはそうした味の細かな違いに気付き、特徴を理解した上でその都度最高の料理を提供してくれている、と澳さんは言います。

「ちゃんと理解して使ってくれる人がいるのは、生産者としても作り甲斐があるし、おもしろいですね。有名店だとか星付きだからという理由じゃなく、いい料理を作っている人に使ってもらえるとうれしいです」

オリーブオイルの手本を作る

南向きの斜面に広がる澳オリーブの農園はキャンプ場としても開放されています。さらに農園の近くにはゲストハウスもあり、一般の宿泊客を受け入れるだけでなく、秋の収穫シーズンには世界中から集まった収穫サポーターたちがここで寝泊まりしながらともに過ごしています。

木と木の間を広くとった農園内にはゆったりとテントを張るスペースがあります

これからもこの農園のロケーションを生かしていろいろなことを仕掛けていきたいと話す澳さん。そのオイル作りのコンセプトは「オリーブオイルの手本を作る」ことです。

「きちんとした手順で手間暇をかけて作ったオリーブオイルは、おいしくて健康にもいい。ですが実際に市場に出回っているオイルのなかには、そうじゃないものも多いと感じています。だから、ちゃんと手をかけて育てて、ちゃんと収穫して、ちゃんと搾ったオイルってこういう味なんだよと言えるものを作りたい。オリーブオイルって本来こうなんだよというお手本のようなオイルを、これからも作り続けていきたいです」

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