岡山県出身の作家 重松清さんの小説が原作の映画『とんび』が4月8日に全国で封切りとなりました。瀬戸内海に面した街を舞台に、事故で妻を失ったヤス(阿部寛さん)と息子アキラ(北村匠海さん)の絆を、周りの人々の人情とともに描いた作品です。岡山県内各地で撮影が行われました。
ロケ地の1つ、岡山県浅口市金光町大谷では4月14日から映画公開終了までの間、セットの一部を使って、映画の街並みを再現しています。

初めてのロケ 門前町の良さを生かす

昭和30年代から平成・令和にかけて変化を遂げてゆく「備後みゆき通り商店街」は、岡山県浅口市金光町大谷がロケ地。古き良き街並みが今も生活の場として息づく、金光教本部の門前町です。「古川酒店」「小川屋」「丁酉書院」など映画に登場する看板の一部は、実際の店名がそのまま使われています。

レトロな街並みが魅力である一方、増える空き家・空き店舗の対策が地域の課題となっています。かつて金光教の大祭の際には、通りにあふれんばかりの参拝客が訪れていましたが、交通の便が良くなり日帰りでの参拝が可能になったことなどを受け、訪れる人は減少。そしてコロナ禍で大祭が縮小開催となり、さらに訪れる人が減っていたタイミングで、映画『とんび』のロケの話が舞い込みました。

街並みがロケ地となるのは初めてのこと。大祭の際に集団での参拝客を迎える控え所などを撮影の準備場所として提供し、受け入れの体制を整えました。門前町には食堂もあり「長期にわたるロケ現場であたたかい食事ができる」とスタッフに好評だったそう。

多くの人に街の魅力を知ってほしい

4月14日から映画公開終了までの間、映画の世界観を楽しんでもらおうと、セットの一部を使って「備後みゆき通り商店街」の街並みを再現しています。そのほか、映画のパネル展、映画に登場した「小料理夕なぎ」のオープン、公式グッズ販売、インスタグラム写真投稿キャンペーンなどを実施中です。

映画『とんび』のロケ地になった岡山県浅口市金光町大谷

浅口市観光協会とともに街並みの再現に取り組むのは、大谷地区元気いっぱいまちづくり協議会。持ち主から許可を得た建物に映画セットの看板を運び、取り付けていきます。

街の人とのふれあいも街歩きの楽しみのひとつ。「これも映画のセットですか」と聞くと、「これはセットじゃなくていつも通り(笑)」というものも多く、驚かされます。映画『とんび』公開記念の特別商品が並ぶ店もあり、盛り上がりが感じられました。

映画のロケ・公開をバネに進めるまちづくり

門前町がある大谷西地区では、2019年に住民アンケート調査を実施し、まちづくりの将来像や計画を『大谷西地区まちづくりガイドライン』にまとめました。

映画のロケ地になる前から、「特色あるいい街だけど、発信力が課題」という意見が出ており、SNSで街を発信してみようという話に。

そしてロケ地となったことから、これを機に街のことも知ってもらおうとインスタグラムを立ち上げ、写真を投稿するとプレゼントが当たる企画を実施することになりました。それが現在実施中の「インスタグラム写真投稿キャンペーン」です。

浅口市の地域支援員で、金光町大谷西地区で暮らす北林晴美さんは「日常的に見慣れている我が街が、実は映画のロケ地になるほど魅力的な景観なのだという気づきを得た人も多いです。貴重な建物・街並みを残しながらまちづくりに取り組む後押しとなってきています」と話します。

浅口市地域支援員 北林晴美さん

地域の人たちと作った「小料理夕なぎ」

映画『とんび』の中で主人公のヤスが通っていた「小料理夕なぎ」。舞台となった「大谷みかげスクエア」は、普段はテーブルとイスが並んだキッチン付きのレンタルスペースです。

かつては食堂でしたが、長い間空き店舗となっていました。老朽化のため取り壊しの話が出たときに「貴重な建物だから、もったいない。運営させてください」と名乗りを上げたのが、移住者で元・浅口市地域おこし協力隊の沖村舞子さん。住民との建物改修を経て、一般社団法人moko’aとして大谷みかげスクエアを運営しています。映画公開期間中も出店希望者を募り、「小料理夕なぎ」の世界観を堪能できる場となりました。

「小料理夕なぎ」を多くの方と一緒に再現した、一般社団法人moko'a代表 沖村舞子さん

カウンターや壁は映画のセットですが、食器や調理器具などの小道具は、地域の人から譲り受けた古いものを使い、できる限り映画セットの雰囲気を表現しました。

暖簾は沖村さんがミシンで縫い、文字はカッティングシートで地元の人が制作。アナログレコードプレーヤー、手書きのメニュー札など、多くの人の協力により、「小料理夕なぎ」が再び完成しました。

暖簾の「小料理夕なぎ」の文字を制作した櫛田晃弘さん

週末は多くの人が商店街を訪れ、映画に看板も登場する「つちや食堂」では完売メニューが続出。大谷地区元気いっぱいまちづくり協議会の西規雄さんは「映画公開期間やDVD化で長期にわたって、これまで来たことがないという人たちに訪れてもらえるチャンス。これを機に、この街の魅力を感じてもらい、空き家・空き店舗で何かしたいという人が現れてくれたら」と期待を込めます。

大谷地区元気いっぱいまちづくり協議会の西規雄さん

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