難しい、苦手、と感じる人も多い科学の世界の楽しみ方を教えるのがとても上手な、医学博士で小説家・ライターの寒竹泉美さん。研究所や会社に所属していないことから、自身に「野良博士」とキャッチコピーをつけて、理系に明るくない人々にも、「科学って楽しいよ」と伝える役割を担っています。

寒竹さんの大学院時代の専門は「脳科学」。「苦手なのです」という数字以外の仕事はいろいろ引き受けているという頼もしい「理系翻訳家」であり、小説家としても活動している「理系と文系の架け橋」的存在です。

自分の生活はすべてデータ化して管理

「さまざまなデータを集めるのが好き」で、「グラフマニア」だという寒竹さん。指に光るリングはスマートリング、腕時計はスマートウォッチです。

「自分をモニターしてるの」と柔らかな口調で語る寒竹さんは「アクセサリーを身につける大人の女性になりたかったけど、すぐに取っちゃうんですよね。でも、やっとアクセサリーをつける女性としてデビューしましたよ」と嬉しそうに微笑みます。

自分をモニターするためなら、リングを外さずに済む。おしゃれ心とデータ収集を両立させられたと喜ぶ寒竹さん。子どもが新しい発見をしたときのようなときめきの表情を浮かべていました。

その日の睡眠時間、睡眠の深さ、体重、体脂肪、運動量を数字で把握し、摂取カロリーはアプリで管理。体重、体脂肪は、体重計をBluetoothでスマホと接続させて管理するという徹底ぶり。でも、それが「趣味」なのでつらくないとか。

スマートリングで記録したある日の睡眠(寒竹さん提供)

また、家庭用ゲーム機で30分間ボクシングをして、健康維持に務めているといいます。

「家でお仕事していたら、一日600歩しか歩いていなくて。運動しなくちゃと思って。おうちで”フィットボクシング”をしています」

理系ライターの仕事と両立している小説執筆も、すべてExcelで進捗管理をしています。

「ゴールが見えないとだらだらしていつまでも完成できません。だから、締切までの日数から一日あたりに書く文字数を逆算して決めて、およそどれくらいの期間で完成できるかが見えるので進捗が管理できます」

ひとりの時間には、「スケジュール用の手帳にあれこれ書き込むのが好き」。0.38mmの極細ペンでびっちりと詰まった予定を管理。打ち合わせや取材や黒色、執筆の予定は青色、プライベートは緑色と色分けしています。

寒竹さんの実際の手帳(寒竹さん提供)

趣味は微生物探し

最近の趣味は顕微鏡を覗くこと。メダカを飼い始め、メダカの餌としてゾウリムシを培養し始めたことで、顕微鏡が欲しくなって購入したそうです。

公務員の転勤族の家庭に生まれた寒竹さんは、「昔、小学校で、池の水を採取して顕微鏡で覗く授業があったんです。それを楽しみにしていたら引っ越しになってしまって。とても悲しかった。その無念さを、今、取り戻しているのかも」と語ります。

メダカの水槽の水は、もともと池で飼っていた人から分けてもらったもので、微生物の宝庫なのだとか。
「ポケモンみたいに、いろんなキャラを見つけられる。とても楽しいですよ」

微生物探しは、ポケモンと同じと言う寒竹さん。よく出てくるな、レアだな、などの楽しみ方があるそうです。

「(微生物は)水たまりにもいるんですよ。宇宙空間でも生きられるという最強生物のクマムシもいるそうなので、いつか見つけたいな」

撮影:sayoco

理系ライターというお仕事

理系ライターとはどのような仕事なのでしょうか。聞いてみました。

「取材対象の研究者、先生の研究内容をインタビューして、一般の方々に向けてわかりやすい記事にします。研究者も大学教授も自分たちの研究内容を一般の方々に『伝えたい』と思っているんですよね。でもなかなか伝わらない。理系ライターはその間をつなぎます。難しすぎる内容を、わかりやすく変換する。伝えたい人と知りたい人をつなぐので翻訳家のような役割といえるかもしれないですね」

寒竹さんが編集を担当した『ゲノムに聞け 最先端のウイルスとワクチンの科学』 中村祐輔(著) 文春新書

まず、難しい研究内容をしっかりと掴む。そのあとで、情報の肝心な部分をわかりやすい文章に置き換える。「中学の理科がわかれば読める」文章で説明する。

「取材前に研究者の方についての情報を収集します。下調べという作業ですね。論文をすべて読み、勉強します。図書館で大量に本を借りてくることもあります。そして質問リストを準備します」

撮影:amepichi

理系ライターとしての矜持は、「正しいことだけを伝えていく」。正しいかどうかを判断するためには、研究者が自身の研究をしっかり論文として発表しているかどうかをチェックします。理系の世界では、自身の研究を基に、そこから確実な情報を論文にしていく。そして論文がほかの科学者にも認められていることが重要とか。

取材当日を入れて、およそ5日程度かけてひとつの記事をつくるそうです。

寒竹さん自身が論文を読み解き、自身が「翻訳家」として伝えるべき研究かどうかを精査。自身がたくさんの人に読まれて欲しいと思える仕事のみを引き受けています。

科学が好きな人を増やしたい

撮影:amepichi

理系的思考とは、「物事の現象を客観的に観察する。そこから要素を取り出し、すべての現象に当てはまる法則性を取り出すこと」だと寒竹さんは語ります。

「でも、わたしの場合、数字だけだと愛着がもてないんですよね。”物”がないと。化学や物理まではいいのですが、数学はお手上げです。物語、イメージが思い浮かべられないと興味がもてないんです」
小説を紡ぐ寒竹さんは、科学のなかにも物語を探しています。

寒竹さんが漫画原作と執筆を担当した『ぼくらの感染症サバイバル 病に立ち向かった日本人の奮闘記』 いろは出版

「科学が好きという子どもや大人を増やしたいです。何か”面白いかも”と思えるフックがあると、人はどんどん追求したくなります。自分で何かを解き明かしたい、自ら切り拓いてみたいという気持ちが大切」

最後に、文系と喋ってみてどうですか? 脳が疲労しますか? と聞いてみると、
「発想が違っていてとても楽しいです。脳はいつも同じ使い方をすると疲労するんです。新しい人と喋ったり、新しい脳の使い方をすると、脳のつながりが増えていくから活性化するんですよ」
と微笑んでくれました。

撮影:sayoco

理系ライターとして生計を立て、プライベートでも顕微鏡を買って日々観察に勤しんでいる寒竹さんの日常は、知の発見に満ちています。

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