「土用の丑の日と言えば、ウナギ!」と思われる方が多いと思います。実はこれ、江戸時代の発明家・平賀源内が、夏場に売り上げが落ちるウナギを食べてもらうために考えたキャッチコピーだと言われています。日本人の食生活を変え、「日本初のコピーライター」とも呼ばれる源内。その生まれ故郷である香川県では「第二の平賀源内」を発掘しようと、生徒・学生を対象にしたキャッチコピーコンテストが毎年行われています。2021年度で7回目を迎えたこのコンテストをきっかけに、広告クリエイティブ業界に進んだ人も現れました。

キャッチコピーコンテストで広告に関心を

お題「コロナ禍の学校生活でもっと笑顔になれるようなキャッチコピー」。

「次回:コロナ、敗れる」。
「マスクの下で、『好き』って言った」。
「黙って笑え」。

学生ならではの発想や、大人もハッとさせられる深いものも……。こちらは、香川県の中学生以上の生徒・学生を対象にしたキャッチコピーコンテスト「平賀源内甲子園」の第6回(2020年度)の入賞作の一部です。

第5回平賀源内甲子園授賞式(2020年)瀬ト内工芸ズ。のメンバーら

平賀源内甲子園は、香川のクリエイターたちでつくる「瀬ト内工芸ズ。」が2015年度から開いていて、過去6回であわせて約4万4000点の応募がありました。
工芸ズ。や協賛企業・団体が出した「お題」に沿ったコピーを考える過程で、学生たちに地元の名産や企業について知ってもらうとともに、広告に関心を持ってもらうのが狙いです。

2018年11月に開かれた第4回源内甲子園の授賞式終了後、瀬ト内工芸ズ。の部長を務めるクリエイティブディレクターの村上モリローさんは、インタビューでこんな夢を語っていました。

瀬ト内工芸ズ。部長の村上モリローさん 第4回平賀源内甲子園授賞式後のインタビュー

「『源内甲子園に参加したからコピーライターになりました、デザイナーになりました』って言われたら泣くんちゃいますか、みんな。それ以上のうれしさはないです。いつか自分たちのライバルになってほしいですね」。

その夢は、意外に早く現実のものになりました。

やってきた「大型ルーキー」

「人生は上々だ」の事務所(高松牟礼町)

高松市牟礼町に事務所を構えるデザイン会社「人生は上々だ」。村上モリローさんが代表を務め、企業のロゴや商品パッケージのデザイン、商品開発から宣伝まで。企業が持つ本来の価値を輝かせるブランディングに力を入れています。
その「人生は上々だ」に2021年春に入社したのが、實川(じつかわ)愛理さん。

社員募集の応募書類に實川さんの名前を見つけた際は、社内がざわついたそうです。
「この名前は、うちの社員はみんな知ってましたから。ドラフト1位候補の大型ルーキーが、逆指名してきた!みたいな(笑)」と村上さん。

そう、實川さんは高校1年生の時から「平賀源内甲子園」の入賞の常連だったのです。

「腹が立つ、今までの靴に」でグランプリに

第3回平賀源内甲子園(2017年)でグランプリに輝いた實川愛理さん(当時高校2年)

中学時代、美術部でデザインやイラストに興味を持った實川さんは、2016年、高松工芸高校のデザイン科に進学。そこで課題として出されたのが「第2回平賀源内甲子園」への応募でした。實川さんはそれまでキャッチコピーについて意識したことはなかったそうですが、1週間ほどかけて7つあったお題それぞれにコピーをひねり出して応募したところ、なんと4つが入賞。そのうち2つが「企業賞」に選ばれました。

「甲子園」にちなんで、グランプリ受賞者にはオリジナルの「帽子」が贈られる

さらに翌年の第3回では、高齢者の足にやさしいケアシューズを手掛ける徳武産業(さぬき市)からのお題、シニア世代に靴選びの大切さを伝えるキャッチコピー「腹が立つ、今までの靴に」が、見事、グランプリに輝きました。
続く第4回では入賞を逃したものの、専門学校1年の時の第5回では特別審査員賞(岩崎亜矢賞)に。過去6回のコンテストで「企業・団体賞」、「特別審査員賞」、「グランプリ」の3つとも獲得しているのは實川さんのみ。まさに源内甲子園の“レジェンド”的な存在なのです。

第5回平賀源内甲子園(2020年)では特別審査員の岩崎亜矢賞に

自分が考えたコピーが映画館で流れた!

ホームランドームのTVコマーシャルより〈提供:ホームランドーム〉

中でも、最初に挑戦した高1の時に入賞した、バッティングセンター「ホームランドーム」を学生たちにアピールするためのキャッチコピー「スマホじゃ汗かけないでしょ」は、企業のテレビコマーシャルに採用されました。このCMは映画館でも上映され、自分が考えたコピーが大きなスクリーンに流れるという、普通の高校生ではできない体験をしました。
この時の「感動」がコピーライティングに目覚めるきっかけになったのはもちろんですが、毎年開かれる授賞式も大きな刺激を与えました。

源内甲子園の特別審査員を務めたコピーライター岩崎亜矢さんと小西利行さん

授賞式には、特別審査員として小西利行さんや岩崎亜矢さんといった日本の名だたるコピーライターが出席し、入賞作品のどこがよかったかについて講評。實川さんはここで「お題となる企業や商品に憑依(ひょうい)して考える」「たくさんのコピー案を考えて絞っていく」などのコツを学んだと言います。また、他の生徒たちの作品からも「こんな切り口があるのか」と多くの学びがありました。

相手のことを徹底的に考える

「人生は上々だ」でデザイナーとして働く實川愛理さん

そして、授賞式で接した村上モリローさんが地域を盛り上げる様々な取り組みをしていることを知り、「この人と一緒なら、きっとワクワクしながら働くことができる!」と、「人生は上々だ」の採用に応募し、新卒で入社が決まりました。

實川さんのことを「思考をどんどん深めていく性格で、放っておいてもすごいクリエイターになる素質がある」と評する村上さん。

ME MAMORUの「桐カッティングボード」

入社間もない頃、桐箪笥の伝統工芸士が製造する生活雑貨ブランド「ME MAMORU」のデザインを担当してもらった際、實川さんは、カッティングボードに「くぼみ」をつけて持ち上げやすくするアイデアを出しました。
村上さんはそんな指示をしていませんでしたが、実際に使う人のことを考え、「ここに持ち手があったほうが便利だろう」と発想しました。こうした相手の立場になって深堀りすることは、学生時代にキャッチコピーコンテストで実践してきたことでもありました。

デザインとコピーの“二刀流”を

新人ながら様々な仕事にチャレンジしている實川さん

實川さんの現在の名刺の肩書は「グラフィックデザイナー」。中学時代から好きだったデザインへの思いは強い一方、コピーライティングをやりたい気持ちも持っています。

広告クリエイティブ業界では、アートディレクターとコピーライターは分業するのが一般的ですが、「どちらもやってみたい」と話す實川さんに、「大谷翔平を目指せばいい!」と村上さん。

實川さんの憧れの存在でもある村上モリローさん 職人とアーティストのコラボプロジェクト「讃岐リミックス」も企画した

江戸時代の平賀源内も発明家や博物学者、戯作者、そしてコピーライターなどマルチに活躍した人物なので、まさに「第二の源内」にはうってつけの目標です。
まだ社会人として歩み始めたばかりで、本人はあくまでも控えめですが、将来、實川さんの活躍でデザインやコピーの魅力を知る若者が増えていけば、香川がもっともっと面白くなることは間違いありません。

第7回平賀源内甲子園 2月12日に授賞式をオンライン配信

「平賀源内甲子園」HPより

そんな實川さんを輩出した「平賀源内甲子園」。第7回の今年度の授賞式は、新型コロナの感染急拡大を受け、2年連続でオンライン開催となりました。2月12日午後1時30分から平賀源内甲子園のオフィシャルHPでライブ配信が行われます。「県民が野菜をもりもりたべたくなるキャッチコピー」など6つのお題の入賞作品の発表のほか、特別審査員のトークも予定されています。

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