静岡県でおよそ100年続く人形工房『左京』を継ぎ、厳しさを増す伝統産業の中で日々奔走している望月琢矢さん。業界の枠組みにとらわれない発想で、これまでSEO施策やマーケティングの企画、SNSの運用、新商品の開発などさまざまなチャレンジを行ってきた。歩みを止めない望月さんがなぜ家業を継ぐ選択をし、古くから続く業界の中でチャレンジを続けるのか。その源泉について話を聞いた。

大学2年生で「家業を継ぐ」と決意

伝統産業は長男が家業を継ぐことが多い中、望月さんの経歴は異色だ。3人兄弟の次男として実家の工房を継ぐことを決意し、都内の大学とベンチャー企業を経て、現在に至る。実際に家業の4代目になると決めたのは、大学2年生のとき。昔から憧れていたアメリカ留学の直前に、父親から決断を迫られた。

「悩みましたが、自分にしかない舞台があるのだから挑戦してみようと思ったんです。雛人形の工房も世の中にたくさんある仕事の1つ。嫌だったら辞めればいいと考えていました」

20歳になったばかりの望月さんにとっては大きな決断だったはずだが、心を決めたのは、仕事人としての父親の姿に感動したことが大きな理由だった。

「子ども時代に家業を手伝わされたことはなかったので、留学直前に初めて、仕事について語る父を見たんですね。事業と真剣に向き合う姿に感動して、家業も悪くないと思えた。それで、家業を継ぐ決心をしました」

学生時代やベンチャー企業での経験を活かして、日々家業と真剣に向き合っています

大学卒業後は、社会経験を積むためにベンチャー企業に就職。不動産賃貸業向けに事業を行う会社で、新規事業を担う部長の下につき、上流から下流までさまざまな仕事を経験した。

「家業を継ぐことが前提にあったからこそ、当時はまだ珍しかった新卒でいきなりベンチャー企業に就職するという選択をしました。短い期間でビジネスのあらゆる部分を学び取りたかったからです。実際、2年ほどで退職したのですが、本当にたくさんの経験を積むことができました」

想像以上に厳しい環境を打破すべく、チャレンジを重ねる

台座から着物の色、桐箱の有無まで選択できるセミオーダーメイドが特徴

その会社を辞めた後、すぐに静岡にUターンし、実家の人形工房に入社。そこで伝統産業は想像していた以上に厳しい状況にあることが分かり、愕然とする。

「少子高齢化が進み、欧米的・都会的なものが好まれる中で、伝統産業の状況は年々厳しくなっています。業界では、天気の話をするように今年の業績の悪さを話すのが普通になってしまっているくらいです。あきらめムードの漂う中で、現状を打破するためには自分でどんどん行動していくしかないと思いました」

代表取締役を務める父親の理解もあり、SEOを意識したHPの改修から雛人形のマーケティング施策の立案、SNSの運用、雛人形の素材を活かした新商品の開発など、入社してからおよそ6年で伝統産業の枠組みにとらわれないさまざまなチャレンジを積み重ねてきた。

アイデアの源泉は書籍を読むことと人に会うこと。他社の成功事例を自社で応用したり、IT業界などの今伸びている業界の人に会ってもらったアドバイスを実行したりすることで、伝統産業を復活させ、自社の工房が生き残る道を探している。

「コロナ禍になる以前は、よく東京などに出張して、さまざまな業界・業種の方に話を聞いていました。Instagramの運用を始めたのも、SNSに詳しい方に会ってアドバイスをいただいたからです。人に会ってインプットしたことを自分の中で”種”として蓄積して、それが数か月~数年後に花開いていく。これを繰り返す中で、自社の将来を握るカギが見つかるんじゃないかと思っています」

娘のいる女性が購入することが多いからこそ、シックでおしゃれなデザインで現代の生活にも馴染むよう心がけている

2月から始まる観光資源の開発プロジェクトに参加も

望月さんは現在も新たな取り組みを進めている。人形工房『左京』として、国と大手旅行会社が実施するプロジェクトに参加することが決定したのだ。

同プロジェクトはいずれ自由に海外旅行ができるようになった際、旅先として日本を選んでもらえるよう、海外富裕層をメインターゲットに文化体験を中心とした観光資源を開発する。プロジェクトのテストが、2月から開始予定だという。

「このプロジェクトでは、私たちの工房で2日間かけて雛人形づくりを体験していただく観光プランを開発しています。もともと何かワークショップを事業としてやりたいと思っていたのですが、採算が合わない上に、雛人形づくりの技術とは異なる分野でしかワークショップが企画できずにいました。でも、今回のプロジェクトで考えているプランなら、本物の雛人形づくりを海外も含めてさまざまな方に体験していただける。やる意義は大きいと思い、取り組むことに決めました」

海外の人だけでなく、子どもにオリジナルの雛人形をプレゼントしたい保護者もプランのターゲットになると見込む

望月さんは伝統産業の仕事に対する、世の中の”職人”や”匠”といったイメージにも疑問を抱いている。

「雛人形の工房をはじめ、世の中の伝統産業に携わる人に対して、根気強く黙々と仕事をしているようなイメージが根強くあると思うんです。でも、本来は伝統産業だってビジネスの1つのはず。高い価値の商品・サービスをいかに提供し、世の中に広めていくか。他のビジネスと同じように考え、仕事をすべきだと思っています」

世界市場を視野に入れ、アート領域への進出を目指す

今後やりたいことは、世界市場を見据えたアート領域への進出だ。雛人形が作品としてストーリーを持ち、1つの芸術として高い価値を感じてもらう。そのためには、制作する人形のクオリティをさらに高めながら、世界へも発信をしていく必要がある。

ひとつの芸術作品として、世界観を模索する

「いろいろなチャレンジをしてきましたが、やはり雛人形は技術の転用により安価な大量生産商品の開発をするのではなく、本業できちんと技術の高さを評価されるべきだという結論に至りました。そこを突き詰めると、見えてくるのはアート領域への進出なんです。私たちのつくる雛人形を1つの芸術として、世界でも楽しんでもらう。そうすることで、雛人形という伝統産業の新たな活路が見出せるのではないかと考えています」

厳しい環境でも常に前を見て、努力と挑戦を続けてきたからこそ見つけた新たな道。望月さんは静岡県から世界を見据え、今日も雛人形づくりに向き合っている。

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