香川県で生まれ育った人のなかには、「これを食べないとお正月が来ない」という人もいるのではないでしょうか。白味噌をといた出汁にあんこ入りの餅を入れた、あん餅雑煮。香川県で古くから親しまれてきた郷土料理です。屋島山上にある桃太郎茶屋では、このあん餅雑煮を一年中味わうことができます。

3代目女将の浜田領子さんに、店とあん餅雑煮の歴史を聞きました。

讃岐を代表する郷土料理

民芸調の落ち着いた店内

「元々は併設の旅館で、お正月に宿泊されたお客さまに出していたのが始まりなんです。それが段々と広まって、香川県の観光地を巡ってうちであん餅雑煮を食べるツアーができたりして。それで、茶屋の方でもあん餅雑煮を出すようになりました」

創業70年を超える老舗です

浜田さんによると、あん餅雑煮は江戸時代ごろから食べられていたものだそう。

「香川では和三盆という砂糖が昔から作られていましたが、それでも当時砂糖は貴重品。だけどお正月くらいはぜいたくをしたいという思いから、白いお餅のなかにこっそりあんこをしのばせたんですね」

見た目は普通の餅、だけど実は甘いあんこがたっぷり、というわけです。「香川県民の知恵ですね」と浜田さんは笑います。

昔ながらの手づくりの味を

明るく親しみやすい雰囲気の浜田さん

桃太郎茶屋で出すあん餅雑煮は、昔ながらの家庭の味を大切に手づくりしています。

「お餅も自分たちでついていて、100%もち米だけ、もちろん保存料も使っていません。だから『お餅がおいしい』と言ってくださるお客さんも多いですよ。はじめて食べる観光客の方は、ひと口目はこわごわといった感じ。でも食べると『意外とおいしい』とか『これはハマる』という感想をいただきます。ここ屋島は観光地なので、いろんな地域のお客さんにあん餅雑煮を食べてもらって、そのおいしさを知ってほしいですね」

大きな餅のなかにたっぷりあんこが入っています

讃岐の白味噌はちょっと塩気が多め。それが甘いあん餅と合う、と浜田さんは言います。出汁は讃岐らしくイリコを効かせた出汁で、具材はダイコンとニンジン。冬は坂出の金時ニンジンを使います。

「余計なものは入れない。シンプルだけど、だからおいしいんです」

店の前からは高松の街を見下ろす絶景が楽しめます

香川の名物といっても、あん餅雑煮が食べられているのは一部の地域。しかも最近は、家であん餅雑煮を作る家庭が減っているといいます。

「お嫁さんが県外の方だと、その家庭ではお嫁さんが食べてきたお雑煮を作りますよね。そんなこともあり、実は地元出身の男性のお客さまも多いんですよ。『奥さんが作るのはすまし汁のお雑煮だけど、子どもの頃に食べたあん餅雑煮も食べたい』、と言って」

好き嫌いやおいしいかどうかだけではなく、思い出と密接に結びついているのが郷土料理。子どもの頃から食べて育った人だけではなく、ここ屋島を訪れるたくさんの人に、新たな思い出の味となってほしいものです。

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