2021年7月、香川県高松市中心部に一軒のレストランがオープンした。コロナ渦中に船出した店の名は、『Knocking Kitchen』。「料理で心の扉を開きたい、ノックし続けたい」という思いが込められている。オーナーシェフの小川翼さんに、その哲学を聞いた。

イタリアンじゃない

小川さんは18歳まで、サッカー漬けの日々だった。料理を始めたのは27歳のとき。スポーツトレーナーになり、食事の大切さを実感したことで、料理の技術を身に付けたくなったという。

「イタリアンじゃない。やりたいのは、イタロアメリカーノなんだよね」

小川さんは、料理ジャンルの話になるとそう言う。イタロアメリカーノとは、アメリカにやってきたイタリア移民を指す。

「イタリアの郷土料理“ポルペッティ”はアメリカでアレンジされ、ミートボールになった。伝統はリスペクトすべきだけど崩さないといけないこともある。移民の多い国って、文化の破壊と創造を繰り返して、それが織り重なってるんだよね」

自身は京都で生まれ、北海道へ。高校からは単身、青森へ。ブラジル留学もした。慣れない土地で挑戦を続けてきた刺激と孤独が、イタロアメリカーノへの共感につながる。象徴的なメニューはミートボールスパゲッティだ。

小川シェフの作る「ミートボールスパゲッティ」は材料も味も本格派、税込み1,300円(撮影 Yuji Iwaizumi)

技術者じゃなく、経営者であれ

Knocking Kitchenの店先は、週末になると青果店になる。徳島県佐那河内村から野菜や果物を運んでくるのは、野菜問屋を営む「おしこく商店」。さほどの儲けにならないのに、Knocking Kitchenに泊りがけで来る理由。それはただ「小川シェフと仕事がしたい」という一言に尽きるという。

週末、店頭で売られるこだわりの青果物

また、香川県多度津町の四国計測工業は熟成庫「エイジング・ブースター」の監修を小川さんに依頼している。

「最初、エイジング・ブースターがどういうものか、確認せずに(仕事を)受けたんだよね。地元の人が地元のものを応援するのは当たり前だし、担当の人がね、この人と仕事したいって思わせる人だったんだ」

小川さんは自由な発想で、熟成庫の可能性を拡げる。それを技術者たちが実証し、開発に道がついていく。

エイジング・ブースターを使っての研究会、フレンチ、和食の料理人との意見交換(撮影 Yuji Iwaizumi)

「料理人とは、食材と人が集まってくる人間のこと。技術者にはなるな。経営者になれ」
料理人だった父に言われたこの言葉を、小川さんは実践し続けているのだ。

自由でいられる場所で店を持った

小川さんは16歳の時、サッカー留学をしたブラジルで、人生を学んだ。

「ブラジル人は文句を言わない。暑ければ外に出ればいい。生きていることを楽しむ、立ち止まらない」

5年前にやってきた香川では、人の価値観に縛られない気がした。話したいことを話せて、思い切り動ける。日々、生産者に会いに行く。アップデートされる情報が活気を生み、人が集まってくる。

愛媛・梶田商店で醤油づくりの話を。生産者との出会いは学び

Knocking Kitchenでは、小川さんが食材を手にお客さんに語りかける姿をよく見かける。

「この店は、親子三代で来てくれる新しいファミリーレストランにしたい。子どもが本物を食べ、親が食材や料理を学び、じいちゃん、ばあちゃんが躾する店ってよくない?」

食べることを通じて、気づいてほしいことが山ほどある。だから小川さんは心をノックし続ける。叩き続ければ扉は必ず開くと信じている。

シェフの料理を出しつつも、コンセプトは「新しいファミレス」

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