長い低迷の時期を経て見つかった“同居人”

満を持して大阪移住を果たしたNAKAMさんですが、すぐさまレコードショップを開くには至りませんでした。Uber Eatsで当座の生計を立てながら、毎日をやり過ごす――夢を抱きつつも踏ん切りのつかない自分に、もやもやした感情が蓄積したといいます。

「生きた心地しないですよ。でも、働きたくないからしょうがないですよね」

いまでこそ本音まじりに自虐的な笑みをこぼしますが、ふたを開けてみれば約2年にわたって決断を先延ばしにする状況が続くことに。そんなとき、声をかけてきたのが現在、階下で立ち飲み屋・マウントスギを営む杉山満里さんでした。

店のロゴはマウントスギの杉山さんがデザインした

「僕がNOONでDJをやっていて、彼女はそこのスタッフで。一棟貸しの物件の2階が空いてるから、レコード屋やらないかって突然誘いが来て、これはいまだと思って乗った感じっす。ほんとに恩人ですよ」

「(実家に帰っていたころに交際を始めた)嫁にも『お店をやりに大阪来たんじゃないの?』って言われてましたね。反対されるかなと思ったら、めちゃめちゃ喜んでもらえました。いまやらないと絶対一生やらないって、背中を押してくれた」

チャンスは思いもよらぬところからめぐってくるもの。拍子抜けするほどの妻の後押しも受けたNAKAMさんは急ピッチで準備を進め、2020年6月の開店にこぎつけました。

レコードマニアだけでなく、初心者にもうれしい空間だ

店を始めるにあたって重視したのは、アットホームな空間づくりです。それまでのネットショップではなく、面と向かっての商売ならではの利点を前面に押し出そうと考えました。レコードショップでありながら、アルコールを置いているのもそんな理由からです。

「対面のよさって、『なんでこれ聴くようになったん?』って話ができること。音楽の話じゃなくてもいいんですけど。極端な話、買うものなくても居心地よくしてくれたらいいし、お酒だけ飲んでもいいし。そういう意味で、カウンターはうれしい誤算でしたね」

気になるレコードはその場で気軽に試聴できる

売れる、売れないは度外視し、客とのコミュニケーションを大切にする。対話から拾い上げた情報をもとに、「こんな音楽もある」と知ってもらおうと、おすすめの1枚をピックアップする。ある種の「カウンセリング」ともいえる作業から生まれるのは、音楽好きであれば誰しもが経験する、共感の喜びでした。

アナログなやりとりこそが、音楽の裾野を広げる

この日はルー・リードの妻、ローリー・アンダーソンをチョイス

今年6月、FunTricks! Recordsは「同居人」のマウントスギとともに1周年を迎えました。互いに初めての独立とあって、状況を確かめ合いながら歩んできたこの間の感触を、NAKAMさんは次のように振り返ります。

「めちゃめちゃゆっくりですけど、やってよかった感触はありますね。レコード屋目線でいくと、『知らないものばっかり』って言われるのがうれしいし、それを聴いて好きになって、各々が掘り下げてくれる。めちゃめちゃ理想じゃないですか」

エクスペリメンタルやノイズミュージックなど、店の真価が表れるのは一見するとマニアックな品揃え。「自分が本当にほしいレコードを仕入れる」という軸は曲げず、そのうえに気の置けないやりとりが交わされるからこそ、新たな音楽との出会いが生まれているのです。

カセットテープも豊富に取り揃える

そんな現状に大きなやりがいを感じているNAKAMさんですが、だからといって完全に満足しているわけではありません。次なる目標を尋ねてみると、こんな答えが返ってきました。

「もっと新品を入れていきたいですね。そのときの旬のものを置けば、やっぱり人が来るきっかけになる。そこから自分がセレクトした中古にも目を向けてもらえたら。この界隈を盛り上げたいってのもありますし」

「極端な話、レコード聴きたいって思ったら、ネットで調べるよりも店で聞いた方が早いじゃないですか。『どういうプレーヤーがいいですか』とか、『とりあえず量がほしいんですけど、どこで買える?』とか。そういう場であってほしいから、もっとハードルは低く」

海外の友人を頼るなど、打てる策を尽くして充実させてきた在庫。新譜の取り扱いを増やすべく、レーベルとのやりとりも活発化させているとのこと

あくまでも低姿勢である反面、こだわるべくはしっかりこだわるFunTricks! Records。アナログなメディアを扱う店の徹底した「アナログ戦略」は、地域の音楽文化をより豊かなものにするでしょう。

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