「日本のウユニ湖」として、すっかり全国区の人気スポットとなった父母ヶ浜(ちちぶがはま)のある香川県三豊市。活気づく街では、次々と魅力的なゲストハウスが誕生しています。オーナーたちは皆、地元愛にあふれた人ばかり。彼らが語る宿への思いやこだわりを、数回にわたってお届けします。第6回は、三豊のパワーに魅せられて移住し、宿づくりを始め、地域の人たちと共にさまざまなプロジェクトに携わる原田佳南子さんです。

うどんづくりを体験した人だけが泊まれる宿とは?

2021年1月、瀬戸内海を望む荘内半島の高台にオープンした一棟貸宿「URASHIMA VILLAGE」。景観の美しさやプライベート空間の贅沢さもさることながら、地元の多彩な企業が集結してつくり上げた宿として話題を呼びました。

そのうちの一社、瀬戸内ワークスの代表を務めるのが原田佳南子さん。市内の古民家を改造した体験型宿泊施設「UDON HOUSE」の運営も手がけています。原田さんは以前、楽天のトラベル部門で地域振興ビジネスに携わっていましたが、自分自身が地域に飛び込んで事業に携わりたいという思いが募り会社を退職。楽天時代に担当していた三豊市の事業構想のひとつ「UDON HOUSE」の機が熟す中で、自分が運営を担当しようと決意して三豊への移住を決めたといいます。

「美しい自然環境も最高でしたし、何より熱くてポジティブな三豊の人たちに心動かされました」

築70年の古民家をリノベーションした「UDON HOUSE」。原田さん始め、笑顔の素敵なスタッフが出迎えてくれます

「UDON HOUSE」誕生のきっかけは、「山に山小屋があるように、うどん県にはうどんに特化した宿があってもいいのでは?」というアイデア。讃岐うどんの文化を伝えるというコンセプトのもと、6時間の「うどんクラス」を受講した人だけが泊まれるというユニークな宿泊施設が生まれました。

うどんづくりを一から体験・実食するだけでなく、讃岐うどんの歴史や出汁について学んだり、近くの農園で地元野菜の収穫体験をしたりと、地元の人との触れ合いも楽しめる充実したカリキュラムは、海外からの観光客にも大人気。2018年のオープン以来、20か国以上のお客様が見えたといいます。

うどんづくりは、粉の練り込みから始まりすべての工程を体験。英語のプログラムにも対応しています(写真提供:瀬戸内ワークス)

好調なスタートを切り、これからという時にコロナ禍が勃発。大打撃にも挫けず、原田さんは逆転の発想で新たな試みを始めます。それが、サブスクリプションタイプのうどん直送というユニークな「うどんのおうち」です。

「お客様が来られないのなら、こちらから皆さんのところに行こうと。6か月を1サイクルとした定期便で、毎月打ち立ての生うどんと出し汁を直送することにしました」
かけ、ぶっかけ、ざるなど、月替わりで違ううどんが楽しめるラインアップは、まさにうどん文化のダイレクトな発信。「UDON HOUSE」の建物を象ったパッケージにも、さぬきうどんの小ネタを散りばめました。

6月はしょうゆうどん。5玉入りで、そのうち1玉は月替わりの食材が練り込まれた「チャレンジうどん」なのも楽しい。今回は「麦秋」と名付けたレモン入りの麵

原田さんが瀬戸内ワークスを立ち上げたのは、「UDON HOUSE」を始めてしばらくした頃。地域の人材不足の問題に直面し、外から人が入ってくる仕組みを作れないかと思ったのがきっかけです。
「私自身も外から来た人間なので、地域と地域外をつなぐ役割が果たせればと考えました」 
2020年2月には、地域にコミットしたい人のためのレジデンスを開設し、仕事やコミュニティを紹介する取り組みも始めました。

セルフプロデュースの宿で、三豊を盛り上げる!

バイタリティあふれる原田さんは、地域の人たち同士をつなぐ役割にも一役買っています。「UDON HOUSE」のオープン当初、予約のない日に三豊の若手経営者を集めては飲み会を開いたのだそう。

「当時は三豊市の中で、横のつながりがあまりないと感じていました。でもいざ集まってみたら、すごく盛り上がって!多いときは30人くらい、皆が三豊の未来について熱く語り合って、夜中になっても誰も帰らないんです(笑)」

飲み会を重ねるたびに、新しいプロジェクト案が誕生。そのうちのひとつが「URASHIMA VILLAGE」でした。近年の父母ヶ浜人気を、一過性のムーブメントに終わらせたくない。外資に依存することなく、自分たちの手で持続的に経済が循環するモデルをつくって、地域を盛り上げたい。そうした思いから、地元企業を中心とした11社が集結して出資メンバーとなり、それぞれの専門性を活かした宿づくりが実現しました。

建設業、旅行業、不動産業、スーパーマーケットなど、さまざまな業種のメンバーたちが集結(写真提供:瀬戸内ビレッジ)

県産材を中心に、伝統技法の焼杉を用いた大工の技で建物をつくり、地元スーパーが食材を提供した食事を楽しんでもらい、地域のバス会社やレンタカー会社と連携した交通サービスで三豊の素晴らしさを伝える。このように、宿の設計や施工だけでなく、オープン後の運営やサービスまでを、出資企業を中心とした地元の人々ですべて行うことを目指しています。瀬戸内ワークスは、全体のコンセプトづくりやプロデュースを担当。

「まとめ役は、外から来た人のほうがフラットに進められると言われ、任せていただきました」

3棟だけの贅沢な空間を用意する「URASHIMA VILLAGE」。屋上に太陽光パネルを設置し、不足分は再生可能エネルギーを購入することで、100%自然エネルギーでの運営に挑戦(写真提供:瀬戸内ビレッジ)

宿が建つのは、浦島太郎伝説が語り継がれている荘内半島の高台で、浦島太郎が亀を助けた場所と言われる丸山島を望む絶景のロケーションです。

風光明媚な荘内半島。中央よりやや右下の黒い建物が宿で、左下が丸山島。干潮時には道が現れ、島に歩いて渡ることができます(写真提供:瀬戸内ビレッジ)

「宿のテーマは“時間”です。浦島太郎の物語では、竜宮城と現実の世界で時間の流れが違っていました。これはメタファーとして現代に置き換えられるなと。時間に追われる現代人が、ここで自然界の時間の流れに身を委ねることで、人間本来の心地よいリズムを感じてもらえたらと思っています」

エントランスから瀬戸内海を一望。「何度見ても最高です」と原田さん(写真提供:瀬戸内ビレッジ)

3棟すべてがメゾネット形式で、広々としたLDKと複数のベッドルーム、オーシャンビューの浴室を完備。家族や仲間たちとの休日にも、ワーケーションにも好評だといいます。

「新郎新婦の家族が企画してサプライズ結婚式を行ったこともあり、とても喜んでいただけました。海を眺めながらのんびりする時間に魅せられて、リピーターになっていただける方が多いのもうれしいです」

3棟の中で最も海に近い「silence」。LDKとバルコニーがひと続きになった、開放感あふれる空間です

自炊もできますが、伝説にちなんだ「浦島の玉手箱」も好評。地元の食材を使ったせいろ蒸しのセットです(写真提供:瀬戸内ビレッジ)

最後に改めて、原田さんに三豊の魅力を尋ねてみました。
「やはり人ですね。コロナ禍の中でも、毎月のようにクラウドファウンディングや新プロジェクトが生まれています。ないものは自分たちでつくろうという精神が根幹にあって、“やるかやらないか”ではなく“やるかやるか”(笑)。そんなパワフルな仲間たちがいるのは、本当にありがたいです」

将来的には、教育関係のプロジェクトにもチャレンジしたいと語る原田さん。

「“まちづくりは人づくり”と言われますが、本当に結局は人だと思います。“お金がないからできない”ではなく、置かれた環境の中でどうやりくりして実現していくか。そんなマインドをもった人を育てていけたら本望です」

施設内に飾られた絵も、すべてメンバーたちの自作。「timelless」の棟の和室には、うどんの材料である麦をコラージュした原田さんの絵があります

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