映画やテレビドラマなどで流れる足音、衣擦れ、コップを置く音、食べる音などは、実は多くが“作られた音”。こうした編集時にそのシーンに合わせて作られる効果音のことを、フォーリーサウンドと呼びます。

そのフォーリーサウンドを生み出すことで効果音をより分かりやすくしたり、音の表情を豊かにするのが、「フォーリーアーティスト」という職業です。今回は全国でも数少ないフォーリーサウンドに特化した仕事を行う、香川県高松市のevance代表取締役の渡邊雅文さんに話を聞きました。

音を演じる、フォーリーアーティストとは?

スタジオにあるものは、全て音を生み出す小道具

渡邊さんの仕事のうち、フォーリーサウンドが95%以上を占めています。主に作るのは、足音や衣擦れ。映像を見ながらスタジオで音を演じ、録音します。

「足音や衣擦れは、全て撮りおろします。映像のタイミングに、感情や心情を合わせるためです。登場人物がシーンによってそわそわしていたり、迷っていたり、緊張していたりすると、リズムや強弱に現れて、撮りためた音では映像に合いません。例えば、見えないところから人がやってくるシーンを“足音”で表現するとしたら……その人物の状況や気持ちで音が変わります。僕は、映像を見ながらイメージし、演じて音を作るんです」

スタジオ内に「地面」を作り、音を生み出します

技術だけでなく、登場人物を演じる力が求められる、フォーリーアーティスト。正に“音の役者”です。

「人が発する音には、感情が乗っています。登場人物が持つ鞄ひとつをとっても、年齢層や社会的地位などキャラクターによって変わるので、モノも重みも変わります。状況によっては、感情も変わります。全て音に出るのです」

求められるのは、イメージする力。触れるもの全てがアイデアの源泉となり、何をやってもフォーリーサウンドにつながり「たまに面倒くさい」と渡邊さんは苦笑します。

鞄も、持つ人のキャラクターや感情によって選び分ける

渡邊さんが携わった作品は、劇場アニメ『君の膵臓をたべたい』や配信ドラマ『全裸監督』など。綾野剛さんと星野源さんがダブル主演したテレビドラマ『MIU404』もフォーリーサウンド部分を担当しました。

「一番楽しかった音づくりは、水泳の飛込み競技を題材としたテレビアニメ『DIVE!!』。飛び込み競技が上手な人は、本当なら音を立てないんです。しかし、僕たちはイメージに対して音を作ります。『可能な限りフォーリーでできないだろうか?』と相談を受け、僕はスタジオ内に大きな水槽を設置し、びしゃびしゃになりながら音を作りました」

水の音を作るのはとても楽しいという、渡邊さん。

恵まれている環境を生かして、自分にできることを精一杯やってきた、と渡邊さんは語ります。

“積極的に流されてきた”ことでたどり着いた

渡邊さんは中学2年生の時にラジオドラマを聴いて、世界観が目の前に広がるような体験をしました。草原の湿度や空気感はもちろん、学校の階段が何段あるかまで見えたと言います。また、1996年に公開されたアメリカ映画『ツイスター』のメイキングを見て「作られる音」の存在を知り、興味を持つようになりました。

その後高校では建築科に進学。吹奏楽部に入ってパーカッションを選択し、バンドを組んで音楽活動にも取り組みました。しかし、建築と音楽、どちらも渡邊さんには合いませんでした。

求めたのは「制限がなく、比べられず、ジャッジされない世界」。しかし、渡邊さんにとっては当時挑戦した建築も音楽も基準評価が厳しく、競争の激しい世界でした。

ただ、パーカッションを通じて出会った“音”は楽しくてたまらない。このまま捨てるのは忍びないと思っていたところ、「効果音を学べる学校がある」と、大阪芸術大学の舞台芸術学科への進学を勧められました。そこは、渡邊さんがようやく出会えた、ぴったりの場所でした。

「建築や音楽と違い、“音を作る”のは『それはそれでありじゃない?』と、受け入れてもらいやすい、無形のものづくり。混沌としていますが、のびのびと形になるまで取り組める場でした」

“積極的に流されてきた”ことでたどり着いた、と振り返る渡邊さん。効果音の世界を知らなければ、落ちこぼれていたかもしれない、と語ります。

フォーリーなら香川で音を作れる

大学卒業後「やるならでっかく、いろんなジャンルの仕事をしたい」と、東京にある映画やアニメの音響効果を作る会社で3年間働きました。しかし仕事が楽しすぎて、自分から仕事を取りすぎた結果、許容をはるかに超えて疲れ果て、体調を崩します。

「その時は、人生を賭けてやるものじゃない気がして……もう、香川に帰ろうと決めたんです」

ただ、それまで培った縁のおかげで、東京のクライアントから直接オファーがきます。その後、縁があって憧れていた同業の音響効果の人と繋がり「フォーリー部分だけやってくれないか?」といった依頼が増えていきました。

「音響効果まで担当すると、東京に度々行く必要があります。でもフォーリー部分だけに絞ると、香川のこのスタジオで音を作り、納品が可能です。『フォーリーだけでやっている会社は数少ない。なら特化しよう!』と決めたんです」

むしろ苦しいことから逃げてきた

「僕は、周囲から努力して夢を叶えたように見られますが、むしろ、自分にとって苦しいことから逃げてきたんです。のびのびと育てられた環境も影響し、助言を得ながら自分の選択ができた結果が今なんです」と渡邊さんは語ります。

「やるからにはやってみよう精神で、その先にあるものを楽しめました。好きなことを仕事にできているというより、やれることを伸ばしてきたんです」

渡邊さんの座右の銘は“ワクワクすることを信じて生きていく”。結果は分からないけれど、自分のワクワクを信じて前に進む。自分にぴったりのものを選んできただけ。その積み重ねで、渡邊さんは天職に出会えました。

座右の銘は“ワクワクすることを信じて生きていく”

「僕は、布一枚をかける動作の中に、楽しさを追及できました。他者は面倒と思うことでも、自分には苦じゃなかった。だから人から求められ、仕事になっていったんです」

フォーリーはSDGs

渡邊さんの夢は「ジャパニメーションのフォーリー」のブランド化と海外進出。アメリカ発祥のフォーリーサウンドと比べるよりも、まだ海外に出ていない「日本の音」をブランディングし、自国のアイデンティティを使いながら、海外市場を狙っていきたいと語ります。

古道具も、渡邊さんの手にかかれば生まれ変わり、人の感動を導く”音”を生み出すアイテムになります

「僕は今の日本アニメーションに関わるクリエイターが、相対的貧困という立場に置かれていると思うんです。今発信しないと海外に持っていかれちゃうよと、危機感を抱いています。クリエイターは作品で表現するのが全て。良いものをクリエイションし続けるためにも、応援してくれる方と出会いたい」

そのためにもフォーリーアーティストの存在を知ってもらいたいと、2019年にNHKの子ども向け番組「天才てれびくん」に出演、クイズ形式でフォーリーを楽しんでもらいました。子どもたちのアイデアは、渡邊さんにとっても発見の連続。「大人である僕は、彼らのアイデアを全力でパクりにいきます、“それ、もらった!使うよ!”ってね」と笑いながらも、渡邊さんの目は本気です。

「音作りは“これも正解、あれも正解”で、限られた答えのない世界。アイデア豊富な子どもたちに、内なるものを外に出す表現を楽しんでもらえました。フォーリーを知ってもらうことで、子どもの自尊心につながり、多様性のある教育の一助になればいいと考えています。それはSDGsが持つ、持続可能な社会に繋がるはず。道具も、使われなくなっていたけれど価値を見出され、再び世の中に登場したものばかり。フォーリーはSDGsだと思いますよ」

もう使われなくなった道具にも価値を見出します。「この道具はとってもいい音がするんですよ」

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