全国的にも市場に出回るようになってきた、香川県独自ブランドのアスパラガス“さぬきのめざめ”。この品種で人気を集めているのが、香川県多度津町の農家「おおもりや」です。

「僕が“アスパラ王子”です!」

アスパラ王子こと大森翔太さんが扱うアスパラガスは、農家から食材を直接注文できる通販サイト「産直アウル」で人気。2021年4月の人気食材ランキングで1位になったほか、2020年は売上3か月連続ナンバーワンを獲得。サイトレビュー数も300件を超えていて、他の追随を許しません。

何より目を惹くのは、ビジュアル。サイト画面に並ぶたくさんの食材の中に、アスパラガスを持ち、目をかっと開いて笑顔あふれるユニークな“アスパラ王子”の写真が並んでいます。

サイトに掲載されている大森さんの写真

もちろん肝心のアスパラガスも、これでもか!と思うほどまっすぐな姿。今回は、大森さんの歩んできた道のりとアスパラガスへの挑戦について聞きました。

まっすぐなアスパラガスを愛情込めて届けるために

大森さんのハウスの近くには、葛原正(かずはらしょう)八幡宮があり、そこには緑をたたえた立派な大楠があります。樹齢1000年以上と推測される木の佇まいは、ここが豊かな水脈を持っていることを伝えてくれます。大森さんが手がけるアスパラガスは、この土地に流れる地下の軟水を含んでいます。

葛原正(かずはらしょう)八幡宮はお気に入りの場所

「手間をかけたい。だから朝3時に始めないと、間に合わない」
アスパラガスをよく観察し、作業ひとつひとつの理由を追求し、独自のやり方を見出すのが「おおもりや」のスタイルです。

早朝から作業

収穫したアスパラガスは、機械を使わず全て手作業で選別。冷たい氷水でアスパラガスをタイミングよく絞めます。

氷水でアスパラガスをしめ、鮮度を保つ

さらにプロの磨ぎ師によって研がれたこだわりの包丁を使い、断面のみずみずしさをキープ。切り落とした部分はその場で味見して、納得の味に仕上がっているかを確かめます。

アスパラガスは、維管束までしっかりと見える

「アスパラガスを食べてくれる人のことを考えると、最高の状態でアスパラガスを届けたい。配達の人が荷物を落とさないようにと、箱には滑り止めのラップもかけています」

手間のかかる作業を丁寧に行った後、折れたりつぶれたりしないように梱包にも注意を払います。そうして午前中には出荷。アスパラガスは、収穫の翌日には注文者の元へ届きます。

おおもりやのアスパラガス。真ん中の紫色のアスパラガスは「僕たちの気持ちです」

「朝3時から活動しているのに、全然疲れません。何をやっても幸せ。1日に何度も“良かった”と思える瞬間に出会えるから。きょうも美味しいな、新芽が生えてるな、注文が入ったな、とか」
収穫したアスパラガスを丁寧に扱う姿には、“アスパラ愛”が溢れていました。

紫色の品種は「さぬきのめざめビオレッタ」

ミュージシャンを諦めた後「アスパラやるけん!」と家族に宣言

大森翔太さん

「僕は以前ミュージシャン。音楽を諦めてしまった過去があるんです」

小学生の頃から歌が好きで“音楽で食べていく”と決めていた大森さん。大人になって精力的に音楽活動を行い、全国ツアーまで繰り広げていました。

しかし、夢を叶えるため事務所と契約し上京したものの、1週間で帰郷してしまうことに。
「東京に着いて3日目で熱が出てしまい……決められた時間の電車に乗るなんて僕にはできない。都会のリズムが僕には合わなかったみたい。でも“僕は地元が好きなんだ”と改めて気づくきっかけになりました」

そうして多度津町に戻った大森さんは、当時兄の智史さんが店長を務めていた飲食店で働きながら考えます。
「生活の土台が欲しくなったんです。でも僕が持つのは、家族が管理していた休眠中の畑だけ。僕には畑がある、そこから“農業”に興味が沸いてきて」

そのまま思いつきで農業普及センターへ直行。熱心に担当してくれた方から紹介される野菜の中に、大森さんの運命を決める“アスパラガス”がありました。
「アスパラ好きだし、いいな、そうだ、アスパラにしよう!」

直感した大森さんは帰宅してすぐ、家族に一言「アスパラやるけん!」。

幼い頃から突拍子もないことをやってのけていた大森さん。家族一同があっけにとられる中、調理師免許を持つ智史さんが「俺は何でもできるから、何でも言って」と協力を申し出てくれました。

左が兄の智史さん、右が翔太さん

アスパラガスの出荷には3年の育成準備期間が必要です。その間に大森さんは農家へのインターンや農業研修に行きながら準備を進め、智史さんは飲食店の仕事を辞め、アスパラガスの海外論文を読み漁り勉強を重ねます。そしてミュージシャンをしていたときのマネジャーも新たにメンバーとして加わり、アスパラガス農家「おおもりや」が2019年に誕生したのです。

3人の連携プレーでアスパラガスのクオリティ向上を目指す

拡散した1枚のアスパラガス写真。ものづくりスピリットを農業に活かす

販売開始直後の2020年3月、新型コロナウィルスが流行しはじめました。行っていた配達サービスも難しくなり、出鼻をくじかれました。他に何か出来ることはないかと模索した時、智史さんが産直通販サイト「産直アウル」を発見。さまざまなサイトがある中で「生産者のストーリーをしっかりとりあげてくれるこのサイトなら」と感じ、このサイトでの販売に焦点を合わせることにしました。

最初の2か月は注文が入らなかったものの、大森さんがインスタグラムに投稿した1枚のアスパラガス写真が一気に拡散。まっすぐな姿のアスパラガスは話題を呼び、販売開始1年目からの快進撃が始まりました。

おおもりやのインスタグラムで一気に拡散した写真

その後も大森さんたちは工夫を重ねます。産直サイトの農産物が並んでいる画面を見て「これと同じことをやっていては目立たない、生産者の顔を出そう」と思いつき、アスパラガスを持つ大森さんたち自身のビジュアル写真を掲載。音楽で培ったアピール力を、ネット販売の場でも生かしながら、今に至っています。

大森翔太さん

アスパラガスと音楽、人をつないで、その向こうへの挑戦は続く

2020年11月に大森さんは「会いに行ける農家の拠点を作りたい」と、直売所兼イベントスペースとなる店舗「ukijima」のクラウドファンディングを立ち上げました。

友人7人だけに「俺、クラファンやるから!」と伝え、金額も少し高めに設定。それは「返礼品の額だけでなく、応援してくれる人の気持ちを上乗せしてもらえるのが、分かるようにしたい」との理由から。そして目標金額を上回る260万円が集まりました。

「クラウドファンディングには不安もあったのですが、成功したおかげで“ひとつ上に行けた”と感じました。ずっと抱いていた“音楽時代のひっかかり”が、この時なくなったんです」

自分のやり方に自信と手ごたえを感じた、という大森さん。志半ばだった音楽への気持ちがクリアになった瞬間でもありました。

2020年1月、歌う大森さん

もちろん音楽の全てを捨てた訳ではありません。ミュージシャン時代に培った人脈は、東京・大阪でのアスパラガス販路開拓の助っ人になりました。また地元の音楽イベントへの出演依頼もあり、その場でアスパラガスを販売するなど、「音楽とアスパラガス」というユニークなコラボレーションも実現しました。それは、今の大森さんの姿そのものでもあったのです。

ライブ中にアスパラガスを紹介する大森さん

「以前“音楽は続けて欲しい”と僕に言ってくれた人たちがいました。ミュージシャンは諦めたけれど、音楽を捨てなかったおかげで、音楽とアスパラガス、全部がつながった」

音楽イベントの会場でアスパラガスを販売

大森さんがつなぐ「アスパラガスと音楽、人」、その向こうを目指して。大森さんこと“アスパラ王子”からは、自分たちならではのスタイルを追求しながら、人とのつながりに感謝する姿勢と気持ちが、前へ前へと溢れていました。

元気いっぱいの大森翔太さん

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