「芽論」から「ROOM the MELON」へ

オープンから4年ほどが経過し、着々と存在感を増していた芽論。しかし、2020年4月に発令された緊急事態宣言により、2か月間の休業という決断を下すことになります。

6月に「ROOM the MELON」という変名を冠した「臨時営業」を始めたものの、コロナ禍以前に比べると客足は遠のくことに。日本酒だけを取り扱う愚直なまでのこだわりも、方針転換を余儀なくされました。

こぢんまりとした空間ならではの出会いが魅力だが、コロナ禍が状況を一変させた

「前は全部日本酒で美酒立呑 芽論だったけど、24本、30本置いても日本酒を開けられんから。日本酒は栓を抜いたら劣化していくから」
「最初は日本酒にこだわった店にしたけど、全部1回変えてみよう。日本酒ずっと飲みよったら飽きるけん、ビールも置いたらええんちゃうん、しんどい人は座ってればいいとか」

節子さんがそう語る通り、ROOM the MELON名義での営業に際しては、30本近くあった日本酒のラインナップをしぼり込むと同時に、クラフトビール、ナチュラルワインを選択肢に加えました。もっともこのプランは、休業を決めた段階で光臣さんの頭のなかにあったといいます。

壁面のメニューは光臣さんが作成。他店では価格表示がない場合も目立つ「いい酒」が揃うが、価格はきちんと明示する

新たなスタイルでの営業を実行に移したところ、苦しい経営状況のなかにも思わぬ副産物が生まれました。光臣さんは次のように話します。

「日本酒だったらこんな音楽かけとんのもダメやけど、ワインとかビールがあったら、スチャダラがかかっとっても実はええわけやん。いまだったらこんな髪しとってもいいし。自分たちの部屋みたいな感じで」
「コロナになったらお客さんも普通に来んようになるわけよ。どっちみち来んのだったら楽しもう。それは言ったら、メロンの部屋に遊びにおいで、みたいな」

日本酒だけで勝負する以上、形式にとらわれる部分もあった2人ですが、営業スタイルの変更を迫られたことで、かえって肩の力が抜けたよう。新型コロナウイルスにより自由度が高まった芽論には、いわゆる「0次会」使いの客が増えたほか、「ビールやワインもあるなら行ってみよう」と、日本酒には縁遠い若者の姿も目立つようになりました。

2人の音楽好きを表すかのようなオマージュ作品が飾られている

一方で、既存の客にも変化がありました。日本酒を目当てに店を訪ねていた客が、光臣さんのセレクトを信頼して、ビールやワインも「新規開拓」するようになったのです。

「日本酒しか飲みよらんかった人でも『マスターがええとしとんだったら』言うて、クラフトビールとかを飲んでくれる。それもうれしいし(節子さん)」

隠れたポテンシャルが明らかになった芽論は、いっそう多様な人たちが交わる「部屋」へとその姿を変えていきました。

第4波に揺れるなかで見えてきたもの

2度目のコロナ休業を経て、さらに感染症対策を徹底した

コロナ禍をプラスに変えた芽論ですが、2021年4月上旬、香川県の飲食店に時短要請が出されたことで、約1年ぶりの休業に入ります。いったんは要請が解除され、飛沫防止のビニールシートに換気、さらには人数制限と、万全の対策を継続したうえで営業を再開するも、わずか1週間ほどで県から再要請が。ここでもやはり、営業を続けるのは難しいと判断せざるをえませんでした。

「狭いのを広くすることもたちまちできんし、こういうの(換気や消毒)をこまめにするしかないというか(光臣さん)」
「平和に気軽に飲んでみたいな世の中に、ほんまに戻るんかなみたいなの。それに対する恐怖が(節子さん)」

刻一刻と状況の変わる第4波が、芽論にさらなる試練を与えているのは確かです。しかし、必ずしも2人は悲観的にはなりません。偶然隣り合わせた誰かとお酒を片手に会話を楽しむ時間には、オンライン飲み会とは異なる広がりがある――そのことを、店に立つなかで経験的に感じ取ってきたからです。

「そういうコミュニケーションがなく生活していったら、なんか人間って変わっていくんちゃう? 言ったら結婚もできんし、恋愛なんかもできんし、その子のこと分からんし。同僚とのうわべの会話はあったとしても、本音のところでみたいなのがない。自分の店が狭いけんでなくて、どこでもそうで。そんなんって、どうなんって思って」

光臣さんの言葉が改めて考えさせるのは、コロナ禍以前の飲食店が果たしてきた重要な役割。その一端を担ってきたことへの自覚さえも見て取れるようです。

路地裏に再び明かりが灯る日を、多くの客が心待ちにしている

「いろんなことがあっても、うちが開けとったら来てくれるお客さんが変わらずおって、気にかけてくれる人がおるいうんがありがたいけん。やめんと続けないかんのと思ってる(節子さん)」

新型コロナウイルスは、それまでの「当たり前」を大きく変えてしまいました。ですが、芽論という店にとっては、客との関係性はもとより人の結びつきをより強く意識する機会にもなったはずです。特効薬こそないかもしれません。いままで通りとはいかないかもしれません。それでも、芽論は1年前の「バージョンアップ」さながらに変化に対応しながら、縁をたぐり寄せる場所を提供し続けることでしょう。

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