4月26日、香川県三豊市に古民家を利活用した飲食店「焼き鳥・醤ラーメン くうかい高瀬」がオープンした。昼はラーメン、夜は焼き鳥や釜飯などが楽しめる居酒屋という二毛作店。運営するのは、リージョナル・イノベーション(三豊市)。社長は東京都新宿区に本社のある「寶田堂(さいたどう)」から出向した佐々木健仁さん(28)だ。

このプロジェクトを企画し、遂行してきたのは、佐々木さんの出向元、寶田堂の代表取締役、関喬史社長(41)。“脱・東京”構想の第1弾を託した思いについて、話を聞いた。

コロナ禍で加速した「脱・東京」と「地方の勝機」

関社長は三豊市財田町(さいたちょう)の出身。社名の「寶田堂」は出身地の「さいた」から、漢字は“地方は宝の山”という地元に対する誇りも込めて「宝」の旧字「寶」を当て「寶田堂」に。東京・新宿に本社を構えて13年。最大で8店舗を経営していたこともあったが、現在は高田馬場や五反田などで直営店3店舗を経営するほか、フランチャイズや独立支援などで3店舗の支援をしている。

寶田堂・関社長。昼のラーメン提供時はこの藍色の暖簾が掛けられる。

脱・東京は新型コロナウイルスが蔓延する前年の2019年秋から考えていたという。
「うちで働いてくれる人たちと共にどう幸せになっていくか。ここ数年、ずっと自問自答してきました」

家賃など固定費の高さに加え、次々と新しい店舗が登場しては消えていく東京は常に激戦区だ。「そこで生き残っていくだけが目標でいいのか?」「みんなが幸せになる」ことを考えると、次第に「地方」を意識するようになったという。

まもなく、世界中に蔓延し始めた新型コロナウイルス。ステイホームや休業・時短要請など、多くの店が経験のない試練に入っていった。しかし、「これはチャンスだ」ととらえた関社長はどんどん地方展開を進めていったという。

築150年の古民家。すばらしい仲間。短期間でつながる郷里の「縁」

地方進出は、まずはモデル店として成功することが求められる。第1号店は、地の利、商圏、地域の特色などを熟知している関社長の郷里、香川県三豊市に的を絞った。地元には人脈があったため、信頼のおける不動産会社や施工会社もあり、物件探しを始めてから比較的早い段階で理想的な物件=築150年の古民家が見つかり、即決したという。

夜のエントランス。古きよきものは現代に活かす形で大規模改修した。

そこは高瀬川が静かに流れる土手沿い。窓からの借景には讃岐山脈の山並みや畑など、山間地らしいのどかな風景が広がる。雑居ビルが立ち並び、騒音が絶えない都心とはまったくの別世界。東京にはない豊かさがあふれていた。

エントランスから望む、広々とした眺め。

「偶然なんです。本当にいいご縁がありました」(関社長)

地域の課題といわれている空き家は、うまく利活用すれば地域資源としてよみがえらせることができる。その土地の食材を組み合わせることで「そこにしかない」魅力も増してくる。

寶田堂は、もともと東京の店で瀬戸内エリアの食材を取り扱っていたこともあり、「くうかい」では香川、四国、瀬戸内エリアの食材をさらに吟味した。香川県小豆島の木桶仕込みの醬油や海水を汲み上げて作る塩、地元野菜はもちろん、隣県徳島の銘柄鶏などもメニューに含めている。

「地元の食材を使用することで、あるいは、建築やデザインなども含めて、この店が、関わってくださる地元の方のショールームになったらいいですね」(関社長)

敷地内にあった4棟のうち、母屋と納屋の2棟を残して改修。

母屋の梁はそのまま活かした。

建具や欄間、瓦など古くても貴重な材はデザイン的に取り入れた。

この地に求められる存在に。コンセプトは「地域のヒカリ」

店の名前「くうかい」は、四国遍路で知られる空海(=弘法大師)生誕の地が香川であることにちなんで付けられた。平仮名にすることで「食べるかい?」という意味にもとれる、親しみやすい店名だ。

「くうかい」の店舗運営は、三豊市に新設したリージョナル・イノベーションが担当する。関社長がプロデューサーとして参加し、若き佐々木さんが社長(店長)として全体を取り仕切る。また、開業にあたり、寶田堂からの応援も含め、5人のスタッフが東京からサポートに入った。そう、これもコロナ禍による後押し。東京で人が余るなら、地方でのびのびと働こうという考え方だ。

「くうかい」店長の佐々木さん。(リージョナル・イノベーション 社長) 

佐々木さんは、島根県松江市の出身。香川大学教育学部在籍時に香川に4年間住んだことがあり、その後、上京して飲食業の道に進んだ。寶田堂の在籍は2年ほどだが、店舗運営能力の高さやスタッフからの信頼を認められ、関社長に背中を押される形で新会社の代表取締役に至った。

「いつかは郷里の島根か、学生時代お世話になった香川で店をやりたいと思っていました」(佐々木さん)
学生時代を過ごした香川は、第2の故郷。「東京から来た」というよりも「帰ってきた」という感覚だという。

計画当初からコンセプトとして“地域のヒカリ”を掲げてきた関社長は「単にこの店が儲かればいい、自分たちが幸せになれればいい、というのではなく、地域に必要とされる存在にならなくてはいけないと思っています」という。佐々木さんと共に、ここをモデルに“くうかいブランド”を地方に展開していく計画だ。

柔らかなチャーシューと煮卵がのった「空(くう)」。 ベースの出汁は香川県産伊吹いりこを使用。(写真は店舗提供)

煮込みチャーシューとスープに背脂が浮く「海(かい)」。 ベースの出汁は香川県産伊吹いりこを使用。(写真は店舗提供)

新型コロナウィルスの蔓延は、歴史的、世界的な災害ではあるものの、その一方で地方のサテライトオフィスやワーケーション志向の高まりなど、一極集中から地方分散を加速させた。

地方の価値観、生活の価値観など、私たちのいろいろなモノサシは変わりつつある。脱・東京、おかえりなさいの香川から、関社長、佐々木さんがどんなヒカリを展開していくのか、期待を込めて応援したい。

夜は焼き鳥をメインに、家族利用もしやすいメニュー構成の居酒屋。

1本ずつ店で手刺しした徳島の銘柄鶏「彩鳥」を備長炭で焼き上げる。(写真は店舗提供)

この記事の写真一覧はこちら