ジャズの本場で見出したベースパートの本質

TOHOさんは、高校でも吹奏楽部に所属。大学を卒業するとアルバイトで資金を貯め、単身アメリカへと渡りました。留学先の北テキサス大学ではジャズ理論を専攻しましたが、現在にまでつながるミュージシャンシップは、むしろキャンパスの外で養われたそう。

「授業ではジャズの理論とか、ポップスの理論とか学びながらも、実践が全然得られなくて」
「2年くらい通って、このままじゃダメだと思って」

実演の場に飢えていたTOHOさんは、自らの演奏を撮影したビデオをクラブへの営業材料にしたほか、ニューオリンズに近い南部・ダラスにあるレストランの楽団に所属し、数々のジャズ・スタンダードを演奏。ブラスバンドによるジャズがまだまだ支持される環境に身を置いて、本場の音楽文化をたっぷり吸収しました。

立奏が容易な「ヘリコン」を使用

「チューバでウォーキングベースを吹く方法みたいなのを自分で覚えて。専門的な話でいうと、どこで息継ぎするとか」
「あまり好きな言葉じゃないけど、グルーヴのつけ方みたいな」

メキメキと実力を上げたTOHOさんは帰国する年、ディズニーランド・リゾートの学生選抜バンドのセレクションに3度目の挑戦にして合格。精鋭揃いのメンバーと寝食をともにし、空き時間をセッションに充てたり、それまでには触れたことのない音楽を教えてもらったりと、刺激的な3ヶ月間を過ごしました。

実力者がひしめくディズニーランド・リゾートのバンド

マイルス・デイヴィスのソロをコピーするなど、渡米からしばらくはいわゆる「ウワモノ」にばかり目が向いていたというTOHOさんですが、ここでブラスベーシストを目指すことを決意。チューバだけでなく、エレキベースやウッドベースの演奏にも着目するようになります。

『モンティ・パイソン』など、欧米の娯楽番組仕込みのユーモアは常に忘れない

「チューバのよさって、弦のベースよりも有機的な音が出せるところかなって」
「脳みそから近い部分から音が出せるのは(有利)。指で弾くっていうのは、人間の心とはたぶん離れたっていう。指っていうのは正確さを求めるから」

チューバのアドバンテージをこのように語ってくれた彼。音の太さ、重さが一音に説得力を与えるとも付け加えてくれました。クラシックの文脈から外れれば、物珍しさが先行する感のあるチューバ。しかし、ビートルズの「デイ・トリッパー」のような間のあるベースラインであれば、じゅうぶんに活躍の余地はあるとTOHOさんは見ています。

「東方洸介の悲劇」を「かっこいい」に昇華させるために

スタジオでの動画収録に臨む

目下、TOHOさんが準備を進めているのが、ソロ活動の本格化。音源づくりはもちろん、チューバをベースになり代わる存在にすべく、教則本を出版することも視野に入れているそうです。ともすれば、楽譜通りの演奏に固執しがちなのがクラシック。ただ、それだけではジャズやポップミュージックに欠かせない「グルーヴ」「ノリ」といった要素を表現するのは困難です。

「別に研究したいって思ってるわけじゃなくて、好きなベースラインを演奏してるうちに、いいグルーヴと悪いグルーヴが分かってくるようになったし」

TOHOさんが理想のベーシストの1人に挙げるのは、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリー。実践を通して培ってきたコツを伝えることができれば、自身が待ち遠しい存在と語る「ライバル」が現れるかもしれない――コロナ禍でライブの機会が減っただけに、いまこそが彼にとってのチャンスなのかもしれません。

Pedal VoxのメンバーとおどけるTOHOさん

「チューバが認知されて(くれば)、それが他の楽器とかにもいろいろ勇気を与える」

チューバに限らず、ジャンルという枠にしばられてきた「楽器マイノリティ」を表舞台に引きずり出したい。何がロックで何がジャズか、その垣根があいまいになる音楽シーンに、これまで日の目を見てこなかった楽器を送り込む礎になりたい。より多様な楽器の交わりが一般化すると、音楽はまたひとつアップデートされるとTOHOさんは信じています。

「チューバがかっこいいって思えるようになったら、オレみたいな人はもういなくなるわけじゃん。東方洸介の悲劇は起こらなくなるんで」
「オレたちが聴いてほしいのって、チューバ奏者じゃないからさ。渋谷パルコとかに買い物行く人たちに自分のものを聴いてほしいからさ」

その視線はチューバの未来像を見つめている

自嘲気味な口ぶりのなかにも、確かに感じられる自信。純粋に演奏技術を高める過程に、見せ方という視点が備われば、チューバという楽器にハイライトが当たる未来は、そう遠いものにはならないはずです。

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