信じた道を突き進み、岡山の人の心をつかむまで

誰かの下で働くことよりも、自分たちの手で道を切り拓く。それまで商売の経験がなかった2人の選択に周囲からの反対はありましたが、フリーマーケットなどで地道に開業資金を貯めたシャビンさんと智美さんは2017年、ついにパイシーパイスをオープンさせます。

「初めの2か月とか、1日4人来たら(よく来た方)」

シャビンさんがそう話す通り、開業からしばらく店は閑古鳥でした。それもそのはず、岡山の街で見かける「インドカレー」の店は、濃厚さが特徴の北インド料理を供する場合がほとんど。大都市圏ならいざ知らず、地方都市において南インド料理はまだまだなじみの薄いものだったのです。

カウンターにはスパイスがずらりと並ぶ

智美さんは当時を次のように振り返ります。

「シャビンがやるなら、南インドやらないと意味ないなと思ってて。わざわざ北インドのカレーもありますよってのは、なんかシャビンぽくないなって」
「こっそり始まって、半年くらい生き延びればいいかくらいの意識でやってたので」

夫のルーツへの敬意から、現実は直視しつつも決して信念を曲げなかった2人。そんな思いはやがて実を結ぶことになります。開店に伴って特段の宣伝はしなかったものの、店はカレー好きの間で少しずつ話題に。SNSなどで口コミが広がり、約1年後には商売は軌道に乗ったといいます。

体力的な負担以上に、楽しみが勝ったとのこと

「自分たちが出したアイデアと、自分たちの力で喜んでもらえる楽しさしかなくて。お金はそんなに儲かってないけど、めちゃめちゃ楽しかった」

組織の一員として働くのとは違い、その場、その場の直感を仕事に活かせる。夫婦で頭をひねった結果が、すぐ実行に移せる。そこから得られる喜びをこんな言葉で表現してくれた智美さんは、公私両面でシャビンさんをサポート。24時間、シェフが料理に向き合える環境を整えたことが、パイシーパイスの味をいっそう洗練されたものに変えていきました。

自由気ままな発想こそが、パイシーパイスを形づくる

まず左奥のラッサムから手をつけ、その後は好みでおかずを混ぜ合わせながら食すのが、ミールスの味わい方

着々と人気と実力をつけていったパイシーパイスは、開業から2年あまりが経ったころ、郊外に2店舗目となるパイシーボウルボウルをオープンさせます。新たな挑戦も、純粋に「やりたかったからやった」という直感に基づく判断から。決断の早さのわけはもちろん、小回りの利く経営体制にありました。

ところが、北インド料理より工数のかかる南インド料理は、作り手によって味に差が出やすい繊細な一面を併せ持つことから、シャビンさんが新店舗に掛かりきりになることに。智美さんの出産も重なり、家庭的な優しい味わいに徹底してこだわる、パイシーパイスのスタイルを維持するのが困難になったため、わずか1年で閉店を決めました。

子宝にも恵まれ、「人生が変わった」という

「パイシーパイスはシャビンだと思ってて」

詳細にレシピを決め、誰かに調理を託せば、その日の食材から気ままにメニューを描き出す「シャビン流」が成立しないことが、図らずもあぶり出されたわけです。

ゆったりとした雰囲気が漂う店内

「なんにも決めてないし、やろうと思ったらすぐやる感じ」

自由な発想で即断即決を重ね、日々異なる表情を見せるのがパイシーパイスという店。シャビンさんの語りからは、毎日食べても飽きることのない味を提供したい意思が、はっきりと読み取れます。だからこそ、今後はひとつの店舗に腰を据え、その時々のやりたいことを突き詰めたいと考える2人。

頼れるスタッフにも囲まれ、理想の店づくりを続ける

たとえば、地元の生産者とのコラボレーションや催事への出展など、シャビンさん、智美さんの頭の中にはさまざまなアイデアがあふれています。とはいえ、決定的に「これ」といえるものはまだまだ「降りてこない」というのが2人の共通見解。自在に形を変え続けるパイシーパイスの今後が、ますます楽しみです。

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