大阪の下町・九条で半世紀以上の歴史を重ねる七番館は、少し風変わりな喫茶店。喫茶店であるにもかかわらず6種類ものカレーを供するほか、コーヒーもブルーマウンテンだけで3つのグレードを取り揃え、その最高値は2000円という、こだわりのかたまりのようなお店です。

コーヒーが目新しかった時代には、お客さんの求めに応じてその場で抽出法などを教えていた

「珈琲教室」と冠された名物店を切り盛りするのは、2代目の新谷尚子さん。元・理容師という経歴の持ち主だけあって、軽妙なトークを聞きに長年にわたって通い詰めるお客さんも少なくありません。

店とともに長い間、時を刻んできた

そんな老舗でさえ、新型コロナウイルスへの対応を迫られた2020年。お店のこれまでをひも解くと同時に、コロナ禍をどのように乗り越えようとしているかを、話好きのママにじっくり尋ねました。

食べる順序はお店のルール……でも、自己申告制

思わず目移りしそうになるが、まずは基本からスタート

「普通のか、辛いのか。初めての人はそれだけです」

初めて七番館を訪れるお客さんに、ママは必ずこう声をかけます。スペシャルカレー、ロイヤルカレー、チキンカレーにカレー丼――壁面には気になるメニューが目白押しですが、最初に頼めるのは定番のビーフカレーとインドカレーのみ。まずは創業から伝わる味を知ってもらいたいがゆえの計らいです。

メニューによってつけ合わせも変える。ルウをかけてからの様子は「私の仕事じゃない」との理由で、写真撮影NGだ

どのメニューにも共通するカレーベースは50年以上、幾度となく継ぎ足されてきたもの。口に含んだ瞬間は甘くても、最後はピリッと辛い大阪カレーの王道を行く味わいです。しかし、それだけでは終わらないのが七番館。紳士向けの洋品店から転じた先代の父の探究心が詰まったカレーには、さまざまな具材がしっかり溶け込んでおり、なめらかな口当たりが常連の多さを物語るかのようです。

アルフォンス・ミュシャの壁紙はママのお気に入り

カレーのメニューが増えたのは、ママがお店に立つようになった15年ほど前のこと。父からの引き継ぎ期間を活用してフルーティなもの、コクのあるものなど、新たに個性豊かな4品を加えました。6品の大トリを飾るチキンカレーには宮崎産の地鶏が使われ、1350円というビーフカレーの倍近い価格設定も納得のおいしさ。

「最初、普通のんと辛いのんしかなかった。研究? 研究って見よう見まねや。食べ比べしただけでな、そんだけ」

黄色地に赤できっぱりと「カレー」の3文字。意図せぬ「昭和レトロ」が目を引く

親子二人三脚の熱心な「研究」を謙遜する一方で、メニューを「攻略」する順序だけは譲りません。ママの指定した順序通りに食べ進めていくことで、それぞれの違いが際立つのです。ただし、どこまで食べたかは自己申告制。あくまで性善説に委ねるところに、ママの温かな人柄がにじみます。

「こだわり言われたら困るな。どう説明したらええんやろな。まあ愛想よくせなあかんわ」
「しゃべられたらしゃべり返すけど、静かにしてる人いてはるでしょ。それはしゃべらない」

味のある筆致でコーヒーの持つ効果を謳う

どんなお客さんにもお店のルールはきちんと説明しますが、決して出すぎることはしない。理容師時代から接客に携わってきたからこそのホスピタリティが、そこにあるのです。

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