「定額で世界を旅しながら働く」。そんなワクワクする働きかたができるサービスが、長崎からはじまったのを知っていますか?名前はHome away from Home(第2のふるさと)の頭文字をとって「HafH(ハフ)」。2018年に開始したコリビング(Co-living)※のサービスは、世界26か国265都市に広がっています (2020年12月末現在)。テレワークの広がった今、注目される新しい暮らしかたです。

※「シェアハウス」と「コワーキングスペース」が一体化した滞在施設のこと

サービスを提供するのは、電通で地方のプロモーションを手掛け、政府に出向して世界中を周った経歴をもつ大瀬良亮(おおせら・りょう)さん。世界に住み放題のサービスを長崎からはじめた経緯や、ローカルの魅力をうかがいました。

「地方に一つでも多くの笑顔を」東日本大震災を機に芽生えた思い

世界レベルで活躍してきた大瀬良さんの話からは、長崎への熱い思いが伝わってきます。どのようにその思いは培われてきたのでしょうか?長崎市で過ごした高校時代までは、「中途半端で閉塞感のある長崎にイライラしていた」とのこと。英語や海外に憧れがあった大瀬良さんは、筑波大学で国際政治学を学び、カナダへ。帰国後、電通に入社しました。

そこで起きたのは、多くの人の価値観をゆるがした東日本大震災。仕事で被災地をめぐるなかで、福島の魅力に触れ、長崎への思いが再燃することに。「何十億の広告の仕事をするより、自分のアイディアで地方に一つでも笑顔を増やしたいと思うようになった」と大瀬良さん。

笑顔が印象的な、株式会社KabuK Style共同代表の大瀬良さん

長崎のために出来ることはないか。被爆三世である大瀬良さんは、オバマ米大統領(当時)が核廃絶宣言をした2010年に、原爆の記憶をデジタル上でアーカイブしたNagasaki Archiveというサービスをローンチ。そのとき、「東京に住みながら長崎をプロモーションできる」ことに気づいたそうです。

Google Earth上に長崎新聞新聞社が集めた被爆体験談の位置情報をプロットし、利用者が地図を動かしながら被爆体験を読める。

そこで東京在住の長崎県人をSNSで呼びかけ県人会を盛り上げたり、長崎新聞社と一緒にポジティブなフェイクニュースを作ったりと、東京から長崎を元気にする活動を続けるうちに、電通の仕事として高知県のプロモーションを担当することに。

高知で感じた「家族感」が事業のインスピレーションに

HafHでは地元の人と利用者が交流が自然に生まれ、「ただいま」と言いたくなるようなホッとするムードが漂っています。

HafH Nagasaki SAIの共用スペース。

それは、仕事で行き来するようになって「どハマリした」高知での経験が元にあるようです。大瀬良さんが魅了されたのは、高知の「家族感」。地元の人に話しかけられ、話しかけたら10倍でかえってくる。気づけばおかずが増えている。

ひろめ市場(飲食店とイートインスペースのある屋台村)にいると、「食べな」と地元の人からのおすそわけで、気づけばテーブルがいっぱいに…。

血縁はなくても悪いことをしていたら怒るし、お腹をすかせていたらおすそ分けをする、それが当たり前。そこで「高知県は、ひとつの大家族やき。」というプロモーションをかけました。移住者は7倍に増え、2020年度もこのコピーが使われています。

現代はSNSで繋がりやすいぶんリアルでの繋がりが希薄になっており、孤独感を抱える人も多くいます。そんななか、高知で感じた温かさは「一周まわって先進的だと思った」。それが、「HafHのある場所はどこでもあなたの人生の故郷になる」というHafHのコンセプトにつながったそうです。

どこでも働ける時代、日本のローカルは世界に負けていない

高知県のプロモーションの次は、政府に出向し、世界を飛び回る仕事に。そこでの気づきもHafHにつながります。一つは、「パソコンさえあればどこでも仕事ができる」ということ。また、世界中のコリビングを見て感じたのは、「長崎でもできる」ということでした。ベトナムやバリのアクセスしにくい田舎に外国人が来て、月8〜12万ほど払って住んでいる光景を目の当たりにします。

「彼らになぜ日本に来ないのか尋ねると、日本は人が多いし物価が高いし…との答え。それは東京や大阪の話だよね」。福島、高知、そして長崎と地方の魅力に触れ、海外を見て回る中で「日本の地方も全然負けていない」と感じていた大瀬良さん。世界のどこでも働ける時代だからこそ、どんな場所でも居心地がよければ住みたい人がたくさんいる。

それに加え、長崎は「出島」を作り、オランダ人が住み働いていたという歴史もあります。「出島はいわば当時のコリビングですよね。400年前にコリビングを作った長崎だからできないわけがない。現代の出島を復活させる」―その思いを応援する地元の方々と作ったのがHafHです。

観光名所めがね橋の近くにスタイリッシュな建物が現れます。

いい風といい土があって、「風土」ができる

世界中にフィールドを広げ続ける大瀬良さんにとって、故郷・長崎に対する展望はどのようなものでしょうか?

HafHの思いに、「いい風といい土があって、その土地の風土が出来る」という考え方があります。「今の地方に足りないのは、風吹かせることなんですよ」と大瀬良さん。長崎では昔、オランダや江戸、京都からいろんな風が吹いて長崎らしい風土ができました。一方で、昔の風土を守ることが至上命題になり、新しい風が吹かなくなってしまった。ゆえに、二言目には「長崎はだめばい」と口にするネガティブさが蔓延しているように感じているそうです。どこでも働けるようになった今、世界中の人が住みやすい環境を整えることで、新しい風を吹かせるチャンスが来ています。

また、長崎は「平地が少ない」と嘆く人が多い中、大瀬良さんが見つめているのは海の可能性。海の資源を活かし、潮流発電やドローンの実証実験、マグロの養殖やサメの研究など最先端の知識が集まっています。「長崎に知恵を求めて人が集まり、新しい風が吹く風土をもう一度作れる」大瀬良さんはまっすぐに言います。

彼の語る長崎の未来に「ワクワクしますね!」と言うと、大瀬良さんは「そう、ワクワクするんですよ」とにっこり。「でもワクワクに気づいている人がほんのちょっとしかいない。例えて言うなら、ダイヤモンドがうまっている砂場があるのに『砂しかない』と思っている人が多いんです、ちょっと掘れば出てくるのに!」。大瀬良さんから見ると、長崎はポテンシャルしかない場所。「地方の未来を若者に頼りがちだけど、誰でもやりたいことをやればいいよね」年配の方や女性たちも「負けてられん」と奮い立つ姿を、応援していきたいそうです。

新しい風を呼ぶHafH colledge

HafHを通じ、新しい風がどんどん長崎に吹きはじめています。取材の日に開催されたのは、県内外の大学生を集めたHafHカレッジ。五島列島に移住したフォトグラファーや、世界一周して生きる大人の話を聞き、自分たちの生き方を考える熱い3日間でした。

あたたかく学生を見守る大瀬良さん、そして目を輝かせて大人の話に聞き入り、自分のやりたいことを言葉にする大学生たちの姿。“HafHのある場所は、どこでもあなたの人生の故郷になる。HafHで生まれる新しい出会いが、やがて地域の活気になっていく”というコンセプトを実感しました。

「生きたいように生きよう」「やりたいことを言葉にしよう」などのメッセージにうなずく大学生たち。

HafHを通じ、地域にかかわった人たちが、これからどんな風を吹かせ、新しい風土をつくっていくのか楽しみです。

熊本県人吉で災害ボランティアを行う大学生、前元盾哉(まえもと・じゅんや)さんが中心になり、今回のHafH colledgeが実現したそう。

新しい風が吹いています!

この記事の写真一覧はこちら