漁師になりたくなかった男が、海を愛するようになるまで

あくまでも前向きな西谷さんですが、漁師になったことについては「たまたま」と語ります。代々漁師の家系に生まれ育ちましたが、小学生のころは漁に同行するたびに船酔いを起こしていたほど。「高校に通わないと漁師にさせられる」と高校に進学し、卒業後は県外の大学で海洋地質学を学びました。

当時は大卒人材が売り手市場だった時代です。就職活動に臨んだ西谷さんにも、たくさんの会社から声がかかりました。しかし、友人からの一言が西谷さんの運命を変えました。

「人手が足りん、1年でいいから手伝ってくれ」

その仕事とは、ハマチの養殖。日々、魚の状態を確認してはデータを取り、えさやりに活用。ハマチの稚魚が大量に死ぬなど苦難も味わいましたが、根気強く魚と向き合うことで傾向をつかんでいきました。飽きのこない仕事を続けるうちに「魚の仕事は天職」と思えるまでになったといいます。

「退屈しないのが人生で一番いい」

綿密なデータ収集を怠らない西谷さんは、まさに学者肌の漁師といえるでしょう。ところで、ここで疑問がひとつ。小学校のころに悩まされていた船酔いは、どこへ行ってしまったのでしょうか。

「海・山の幸講座」で、獲ってきたマダコをその場でさばく西谷さん。新鮮さゆえの美味しさが

「船酔い? 知らぬ間に治ってた」

大学時代、調査の一環で行われた船上実習でも、船酔いとは無縁だったという西谷さん。少年時代はどこへやら、他の学生に代わって調査用計器の確認役を務め、その引き換えに肉をもらったというほほえましいエピソードも聞かせてくれました。漁師になった経緯が「たまたま」なのも納得です。

「船に乗っていて命の危険を感じたら、船酔いなんかしてられないしね」

今ではこうも語る西谷さん。漁師になりたくない一心からの「寄り道」が、海を愛する男を生んだというわけです。

「ここからの景色が好きなんよね」。インタビューは高松市瀬戸内漁協の2階で行われた

西谷さんの「ソウルフィッシュ」と里海のこれから

さて、漁師である以上は西谷さんが愛する魚も聞いておかなければなりません。自身が「ソウルフィッシュ」と語るその魚の名前は「シマゲタ」。

「一番美味しい。みんなにも食べてほしいけど、なかなか市場に出すほどは量が獲れない。だから家に持ち帰って家族で食べることが多いね」

これがシマゲタ(標準和名はセトウシノシタ)。その名の通りのしま模様が特徴で、体長は10センチほど(提供:香川県農政水産部水産課)

シマゲタは、西谷さんの娘さんも大好き。離乳食がシマゲタの味噌汁だったほどで、保育所に通うようになってからは、先生に「シマゲタの味噌汁が一番好き」と語っていたそうです。

「先生から、『娘さんが、シマゲタのお汁が一番好きと言うんですが、シマゲタって一体何なんですか?』って聞かれてね。嬉しかったな……。大人になった今も、娘からは『お父さんの獲ってくる魚が一番おいしい』って言ってくれる。この言葉は漁師冥利に尽きるね」

かがわ里海大学「海・山の幸講座(2016年8月27日開催)」で振る舞われた"シマゲタ"の漁師汁!エビも入っています

一方でお孫さんはというと、"黒豆"と"うどん"が好きとのこと。以前、車エビを食べさせてみたそうですが、反応はいまいちだったようです。

「俺の獲った魚、食べてくれるかな」

急に寂しそうな顔になった西谷さんに、私たちも「食べます、食べます、大丈夫ですよ。お孫さんも魚好きになります、これからです!」と、返事に力がこもりました。とはいえ、お孫さんの話になった途端に「実は今日もお昼ごはんを食べに孫が来るんよ」と笑う西谷さんは、明らかにおじいちゃんの顔をしているのでした。

インタビューの最後、西谷さんにこれからの海のあるべき姿を問うと、こんな答えが返ってきました。

「100年先の漁師も魚を獲ることで社会貢献をして、地元で獲れた安全でおいしい魚を食べてもらいたい。そういう海であってほしい。ごみ問題もなくしたいけど、乱獲も避けたいよね」

前向きに未来を見据える西谷さんの言葉に触れて分かったのは、地産地消の考えが大切だということ。豊かな海を守るうえでも、海を愛する男の言葉はしっかりと胸に刻んでおきたいと感じられました。

「海・山の幸講座」で受講生に"シマゲタ"のさばき方を教える西谷さん(右端)。 このような活動を通して、地元で獲れる魚の魅力を伝える

<海底堆積ごみ回収・処理システム>
「海ごみ」は、私たち人間の日々の生活や産業活動に伴って出たごみが、海に流れ込んだものです。 海ごみは確認される場所によって、「海岸ごみ」、「漂流ごみ」、「海底堆積ごみ」と呼び方が変わります。瀬戸内海の海底堆積ごみは、多くが沿岸に住む私たちの生活ごみ。 香川県の海底堆積ごみは約1,000トン(出典:香川県における海ごみ調査研究結果(平成25から27年度)の報告)あると推計されています。そこで香川県では、自分たちの地域の海ごみを地域のみんなで協力して回収・処理していこうと、平成25年度から香川県方式の海底堆積ごみ回収・処理システムによって、漁業者・市町(内陸部を含む全市町)・県が協働で、本格的な回収・処理の取り組みをスタートさせました。 底びき網漁などで網にかかった海底堆積ごみを、業業者がボランティアで陸に持ち帰り、海底堆積ごみの運搬・処理の役割を行政が担います。年々、協力していただく漁協は増え、現在、香川県下の21漁協に協力をいただいています。回収量は、年により変動はありますが、2019年度は合計10トンの海底堆積ごみが集まり、システムが開始してからこれまでに約130トンの海底堆積ごみが回収されました。この香川県方式のシステムは、沿岸地域だけでなく内陸部まで含めた全国初の取り組みとしてスタートしました。今後は、さらに多くの漁協に協力をいただきながら、香川県らしい海ごみ対策を進めていきます。

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