何かと話題になることも多い昔ながらのレトロ銭湯。大きな湯舟に富士山のペンキ絵や華やかなタイル使いという一般的な銭湯のイメージは大都会の話で、岡山の銭湯はもっと素朴です。しかし、ローカルならではの味わいや特徴もあって、実はとても魅力的なのです。

石造りの浴室は西日本の伝統的銭湯スタイル

浴室の床は一面の万成石。分かりにくいが、よく見ると石肌に、万成石の特徴である赤みをおびた粒子が見える。

岡山駅から西へ約1キロ続く奉還町商店街。その西端にひっそりと建つ「鶴湯」は、暖簾が出ていなければ気づかず通り過ぎてしまいそうな、こじんまりとした外観です。レトロ銭湯通いが好きな筆者も、長らく入る勇気が出なかったのですが、ある日、ここはきわめて古いスタイルである石造りの浴室、それも岡山名産・万成石(まんなりいし)づくしの・・・と知り、ダッシュで訪問しました。万成石とは岡山市北区の万成・矢坂地区で採れる、全国的にも知られた高級石材です。

男女に分かれた戸口をくぐると番台があっていきなり脱衣場という簡素な店構え。はやる気持ちを抑えながら奥の浴室を覗けば、洗い場には石畳みが敷き詰められ、主浴槽も石で組まれています。石畳の床面には緩やかな傾斜が付けられていて、床面全体で排水するという素朴な造りです。これらすべてが万成石だなんて贅沢!

男湯浴室。ペンキ絵もタイルモザイク画もないが、高い天井が気持ちいい。

石は清潔を保ちやすい上に、熱伝導率が低いので一旦温まると冷めにくいという特質があります。このような石造りの浴室は、かつて岡山をはじめとする西日本の銭湯には多く見られるものでした。一説によると江戸時代から続くスタイルなのだとか。太平洋戦争中に岡山に疎開して来た東京生まれの作家・永井荷風は、岡山の中心街(現在の岡山市北区天神町)でたまたま入った銭湯のことを、「浴槽流し場皆御影石なり」と驚きをもって書き記しています(『断腸亭日乗』)。 ※御影石:花崗岩の総称

しかし、そんな石尽くしの銭湯も、すでに廃業しているか、タイルの浴室に改装されているかで、現役で残っているのはもはやわずか。単なる雰囲気での「レトロ」を越えた、とても貴重な存在なのです。

石のメイン浴槽と後から増設されたタイルの浅風呂。昔は子連れ客も多かったので、浅風呂は子供用として作られた。今では大人が洋風バスタブのように体を伸ばして浸かっている。

戦前からの施設を受け継いで3代目

鶴湯の建物と施設は戦前からのもの。それを改修しながら使い続けているそうです。先々代が、終戦直後に売りに出されていた銭湯を買い取って始めたのが現在の鶴湯なので、明確な創建年代は分からず、昭和初期くらいではないかとのことです。

番台に座る現店主・小林和子さんは46年前にこちらに嫁いで以来、銭湯の仕事に携わってきました。当時は風呂のないアパートも多かったため銭湯は大繁盛で、営業時間は午後2時から夜12時までと長時間に及び、掃除は深夜。別の仕事を営んでいた夫の手伝いもしていたので、大忙しだったそうです。

8年前に夫を亡くしてからは一人で切り盛りされていますが、今は手間のかからないボイラーも入っているし、営業時間も短いし、そんなに大変ではないですよ、慣れた仕事ですから、と微笑みます。きつい仕事と言われることの多い銭湯を、たった一人で支えているとは思えない軽やかな言葉に、思わず驚いてしまいました。

男湯の脱衣場。昭和の喫茶店風の椅子とテーブルが並ぶ。木枠の鏡もレトロ。

思わぬところにレトロアイテム

鶴湯の見どころは浴室だけではありません。一見新しそうに見えるスッキリした脱衣場も、よく見るとレトロの宝庫です。例えば、銭湯の定番、木製の脱衣ロッカー。驚くことに、女湯のロッカーの最下段にだけ、きわめて古い形の錠の痕跡が残されています。扉の穴に棒を差し込んで閂を上げ開錠するという、ごくシンプルな仕組みだったといいます。扉の裏に貼られた広告も年代物です。

女湯の脱衣ロッカー。今は使われていない最下段に、珍しい昔の錠の痕跡が残る。

ロッカー最下段の扉裏。注意書きと広告がタイムカプセルのごとく残る。

また、浴室手前の足拭きマットが置かれている箇所にも注目。石製の枠に木製スノコがはめ込まれています。マットが吸収しきれなかった水分が下に落ちて溜まる構造なのだとか。昔は大勢の入浴客がひっきりなしだったので、棕櫚(シュロ)のマットを毎日交代で乾かして敷いていても、スノコの下に溜まった水を時々汲み出さなければならないほどだったそうです。

石製の枠にスノコがはめ込まれている。滴った水分が下にたまる仕組み。

これはもう、「街角庶民文化遺産」と言えそうですね。一見入りにくそうな佇まいですが、銭湯初心者も歓迎しています。だんだんと寒くなってくるこの季節、石製浴槽の少し熱めの湯で芯から体を温めてみてはいかがでしょうか。

暖簾は4~5種類あって、季節ごとに替わる。

鶴湯(岡山市北区奉還町4-15-26) 営業時間:午後5時~8時  定休日:土曜日

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